第4話
翌日、貴一と颯太は、約束の時間通り颯太の抜いた歯を持って骨董屋に来た。
「来たけど、じいさんは本当に来るのかな。もしかして盛大に茶化されたとかないよな」
「あ、きーちゃん、おじいさん店の中にいるよ!」
颯太の指先を辿って骨董屋の中を見ると、確かに古そうな壺を涎を垂らしながら見ていた。歯を欲しがる骨董屋のばあさんも変態だが、このじいさんも完全に変態だった。
「じいさん! じいさん!」
貴一は、小声でありながら老人に聞こえるほどの大きな声を出すという、かなり矛盾した声を出して老人を読んだ。
「!」
貴一の呼びかけに気づいた老人が、店の中から出てくる。
「おお、歯は持ってきたか!?」
開口一番挨拶も無しに取引の話を持ち出す老人。
「颯太」
貴一は颯太を促し、昨日母親に引き抜いてもらった歯を老人に見せた。
「でかした! よし、それを早くあのばあさんに持っていって掛け軸と交換してこい!」
「は?」
「ん?」
貴一は眉をしかめたが、老人も眉をしかめた。二人の思考には、相違がみられた。
「おいおいじいさん、じいさんが交換しに行ってくれるんじゃないのか?」
「馬鹿言っちゃいかん。大人のワシがそんな話持ち出せるわけないじゃろ」
「はぁ!? おいおい、子供の俺たちだって無理だって!」
「何を言うとるんじゃ、言ったじゃろ、あそこの店主は少年が好きじゃと。むしろ喜んで話を聞いてくれるわい」
「いやいやいや、歯を商品と交換してくださいなんて、言えるわけないだろ! 少年好きのばあさんだからこそ、そんな提案したら何されるかわからないだろ!」
「大丈夫じゃ!」
「大丈夫じゃねぇだろ! なんで自分でやらないんだよ!?」
「わ、わしは……あの店では……その……」
「おじいさん、何してるんですか?」
「ひっ!」
貴一との口論に熱くなっていた老人は、背後から声をかけられ、少年のようにとびあがった。
そして、それが昨日危険視していた眼鏡の女性だと気づくと、また逃げるように去って行った。
「全く、本当に怪しい人。ねぇ、ボクたち? やっぱりおじいさんと何か話してたよね? 怒らないから正直に話して」
「うっ……」「えっと……」
大人の度胸があれば、しらばっくれることができたのだろうが、貴一も颯太もまだ子供だった。
大人に問い詰められると、素直に今までの事情を薄情した。
「あちゃ~~………」
「ごめん」「ごめんなさい」
「いや、いいのよ、謝らなくて。悪いのはおじいさんなんだから」
眼鏡のお姉さんは、貴一と颯太の行動を問題視しなかった。
この女性も、一応心の中の天秤は動いたのだ。
そして、動いた末に、自分の欲望の方を優先させた。
「ねぇ、僕ちゃんたち? ちょっと提案があるんだけど」
「え?」「なに?」
「お姉さんがその歯を交換してあげようか?」
「え?」「いいの!?」
「実はね、お姉さもんあの骨董屋の銀ママと仲がいいの。だから、実は銀ママが結構な変態だってことは、前々から知ってるのよね。……っていうか、お姉さんもちょっと趣味が似てるところもあるっていうか──ああ、警戒しないで、お姉さんはライトだから」
必死に弁解するが、変態店主と仲がいいということで、貴一と颯太には、今までの女性の行動が何か裏があるのではないかと思えてきていた。
「大丈夫大丈夫、ゲーム機欲しいでしょ? かわいい少年が自分の歯を売ってゲーム機を買おうっていう状況にお姉さん興奮し──いやいや、健気な少年たちの手助けをしたいなって。これは人助けなのよ!」
「どうしよう、きーちゃん」
「うーん」
颯太に決断をゆだねられた貴一だったが、彼にもまた荷が重かった。
どうするべきなのだろうか、このお姉さんを信じていいのか。一回老人を信じたのだから、この女性を信じないのも変な気がした貴一だったが、一度に二人も変態を信じていいものか。そんな、どんどん泥沼の深みに入っていくような決断をしていいものか、貴一は頭を悩めた。
「ああ……」
悩んでる貴一と颯太を見て、お姉さんはどこか恍惚とした表情を浮かべた。
貴一は決めた、変な大人は信用してはいけないと。
だが、取引は信頼関係でするものではなく、利害関係でするものだと、どこか直感的に貴一は理解していた。
「わかった、じゃあ、歯をあげるから、ゲーム機を交換してきてくれます?」
「そうこなくっちゃ!」
「え? いいの、きーちゃん!?」
「いいから」
戸惑う颯太を貴一は制した。貴一は、どうせ取引が終わったら二度と会わないようにすればいいと高を括っていた。
「はいこれ、お姉さん」
「はい、頂きました。じゃあ、銀ママと交渉してくるから待っててね!」
地味な外見からは想像できないほど明るい笑顔を浮かべて、お姉さんは骨董屋の中に入っていった。
「でも、本当に売れるのかな? 歯なんて」
「そうだな、もしかしたら、気味悪がられて二度と来れなくなるかも」
「ええ!? そんなの困るよ、ここじゃないとゲーム機を安く買えないもん」
「しょうがないだろ、それくらいのことを俺たちは────いや、問題無かったようだ」
いつもは奥に引っ込んでいる、骨董屋の老婆店主が、女性に連れられて貴一と颯太を舐めるような目で凝視していた。二人が何を話しているか声は聞こえなかったが、貴一には、おそらく品定めされているのだろうということは理解できた。
「怖いよ、きーちゃん」
「しっ、目を合わせるな。蛇だな、獲物を狙う蛇の目だ」
全身を舌なめずりされるような感覚に悩まされながら、しばらくすると女性だけが戻ってきた。手には大きな袋を抱えている。
「おめでとう! 太っ腹な銀ママが、きちんとゲーム機をくれたよ」
決して歯と交換したとは、お姉さんは言わなかった。
「あ、ありがとう」
「うわー、やったー! お姉さんありがとう!」
貴一は肩の力を抜いた。これでようやく一騒動が終わった、と貴一は感じた。
「じゃ、帰ろうか颯太」
「ちょっと待って!」
「え?」「うん?」
「あのさ、よかったらお姉さんも連れて行ってくれない?」
「や、やだよ」
「えー、どうして?」
「いや、だってお姉さんのことよく知らないし」
「ゲーム機もらってきてあげたじゃない」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ、これならどう?」
お姉さんは、自分の鞄の中をごそごそし、ある物を取り出した。
「じゃーーん! これなんだと思う?」
「あ、それは!」
「“ドラゴンハザード”だ!! すげーーっ!!」
ドラゴンハザード、今子供に大人気のアクションゲームだった。実は、貴一と颯太の第一希望に欲しかったゲームだが、発売されたばかりで値段も高い上、今は品薄でどこも手に入らなかった。
「お姉さん、どうしたのそれ!?」
「ずっと前から予約してて、今日手に入ったんだ。どう、やりたい?」
「う……」
「やりたいやりたい!!」
変な大人とは仲良くしたくなかった貴一だったが、そのゲームは喉から手が出るほどしたかったゲームだった。
「じゃ、決まり! お家に案内して」
「うん、行こー、お姉さん!」
すっかりゲームに釣られてしまった颯太は、貴一の返答も待たずに、お姉さんを自分の家に案内していった。
「はぁ……」
確かに目の前のゲームは貴一にとっては魅力的だったが、歯を売ったり、変なお姉さんと友達になってしまったり。貴一が今まで毛嫌いしていたことに、自分が染まっていくのに嘆息した。
生きるということは、潔白には生きられないのだということを、貴一は痛いほど学んだ。
きーちゃんと颯太 ~値段と相応~ 七幹一広 @h_nanamiki
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