第2話

「で、どんな私物をばあさんにやればいいんだ?」

「歯じゃ」

「「は?」」

「そっちのめんこい子、歯が取れかかっちょるじゃろ、見せてみい」

「んぐっ」

 貴一たちの反応も待たず、老人はいきなり颯太の口を開け、口内を確認した。

 そこで、貴一ははじめて気づいた。確かに老人の言うとおり、颯太の右の犬歯が抜けかかっていたのだ。

「いや、待て待て待て!」

 貴一は老人と颯太の前に割り込んだ。

「なんじゃ?」

「なんじゃ、じゃねぇだろ! 歯なんてやれるか! 気持ち悪い!」

「あのな坊主……」

 老人は悪びれもせず、むしろ貴一をたしなめるように続けた。

「物には値段というものがある。いくら趣味の物とはいえ、ガラクタにはお金は出せんのじゃよ。値の張るものには相応の対価を出さねばならん。お主らに出せるものが何かあるか? ゲーム機や掛け軸ほどの価値があるものが何かあるか?」

「ぐっ」

 確かに、貴一たちは価値のあるものは何も持ってなかった。持ってないからこそ買えずに悩んでる。しかし、……貴一はこの老人の提案を素直に飲み込めなかった。

「きーちゃん、僕の歯をあげるの?」

「う……」

 貴一は颯太の問いかけに言葉に詰まった。どう答えを出せばいいのか悩んだ。

 颯太は貴一のことを自分の第二人格かというくらい慕っている。貴一がイエスと言えば颯太は歯を差し出す。だが、倫理的にそれは許されることなのか、貴一には判断できなかった。

「大丈夫、僕あげるよ!」

「え?」

「僕のおばあちゃんね、僕の抜けた歯をよく欲しがったんだ。お金が貯まるって。僕が歯をあげたら、それを屋根の上に投げて、僕らが不自由なく暮らせますようにって、いつも言ってたんだ。それと同じだよね?」

 同じなのだろうか? 颯太の提案にも、貴一はまだ答えが出せない。

「決まりだ、ほいじゃ引き抜くぞ」

「あ、ちょっと!」

「なんじゃ?」

「いや……その……」

「ふん、お前さんはそこで見ておけ。ほいじゃ、じっとしとれよ坊主、今から――うっ!」

 貴一の答えを待たずに、颯太の歯を引き抜こうとした老人だが、道路の先を見て何か慌てた。

「坊主、歯は自分で抜け。明日のこの時間、掛け軸をもらいにくるからな。逃げるなよ」

 何を焦っているのか、老人は、追っ手から逃げるように去っていった。

 何だ? 貴一と颯太が不思議がっていると、老人が見ていたまさにその方向から、一人の女性が近寄ってきた。

「君たち大丈夫?」

「え?」

 女性の見た目は、ちょっと根暗そうで、あまり人と関わりそうなタイプではなかったが、子供は平気なのか、貴一と颯太に臆すること無く話しかけてきた。

「さっきのおじいいさん、よくこの骨董屋に来るんだけどね、気味が悪いから嫌われ者なの。何か変なことされなかった?」

「い、いや、別に……」

 正直に話すべきか迷う前に、貴一の口から否定の言葉が出てしまった。

「お姉さんは?」

「え? ああ、私もここの常連なの。りん子っていうの、よろしくね」

 お姉さんは手を差し出した。

 本当ならこのお姉さんも軽々しく信用するべきではないのだろうが、貴一と颯太は、悪いことができそうな人ではないと判断し、素直に握手した。

「ねぇ、あのおじいさんと何話してたの? 変なことされなかった?」

「え、いや……何も」

「何もされてないよ、お姉ちゃん」

「そっか、何かあったら私相談乗るからね、じゃあね」

 お姉さんは見かけによらず、元気に手を振ってくれて、骨董屋の中に入っていった。貴一は、おそらくあのお姉さんは子供好きなのだろうと思った。

 これが若さの特権かと貴一は思ったが、自分の力で生きていたいとも、同時に思った。

「きーちゃん、どうする?」

「そうだな、まずは場所を変えよう。またお姉さんに話しかけられても困るからな。颯太の家に戻るか」

「うん、わかった」

 貴一に絶対的な信頼を寄せてる颯太は、素直に返事して、二人で颯太の家に戻った。

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