遺された書

 あれは一年前の夏だったと思う、君たちがこの小屋を訪れたのは。私は君たちの音楽への熱い思いを聞きながら、とても楽しい時間を過ごさせてもらったよ、ありがとう。君たちは今やガールズバンドは戦国時代だ、と言っていたね、絶対に天下をとってやると。


 君たちは覚えているだろうか。アーティストは流れ星みたいだ、と私が言った事を。その時君たちはにこっと笑ってくれたね。ひょっとしたら、流れ星のようにキラキラ輝く存在だ、と私が言っていたと思ったのかもしれない。


 でも違うんだ。


 流れ星の正体は宇宙の塵。

 その何もなければ注目もされない、名前はおろか、存在すら気づかれないまま終わる物体が、大気圏に突入する時、燃え上がるんだ。そしてそのまま消えて行く。


 いずれ燃え尽きる未来が待っているのにも関わらず、全力で立ち向かいそのまま跡形もなく消えて行く——アーティストも同じだと思わないか?


 人気が出るまでは一丸となって頂点を目指し、共に戦う。

 それぞれ方向性が少し違っても、目標に向かってその些細な違いは問題とはならない。

 しかし、一度その実力が認められると、それぞれが違う方向を向きだす。何故なら、芸術家はそれぞれ自分の理想を持っており、それを追求する本能があるからだ。

 自分の方向性に自信を持ち始め、それぞれメンバーの間にある、その小さな違いがやがて大きな亀裂となって、それを抑えられなくなる、そしていつかバラバラになり、消えて行く——これが自然の成り行きというもの。


 だから私は思うんだ。

 アーティストという生き物は、いずれ空中分解する事が最初から決まっているんだと。大気圏へ向かう、いずれ消え行く運命を抱えた名もなき塵達……そう思わないかい?


 虚しいね、悲しいよ。君たちはなんて儚い塵たちなんだ。だからこそ、君たちの前を素通りしていったあいつらは、君たちの事を愚かだとあざけるかもしれない。


 でもね、そんな流れ星のほんの一瞬の輝き、それに向かって私たちは願いをかけるんだ。

 その輝きで命が救われたり、大切な瞬間が生まれたり、苦しい事を乗り越えられたりするんだよ。会ったこともない、話したこともない君たちの輝きで、私たちの人生は潤い、時には色を失う。人と人とがこんな風に繋がることが出来るなんて、なんて素晴らしい瞬間だろう。

 そんな儚くも輝く一瞬のために君たちは一生を捧げているんだね。


 私はあの時言ったね、「本当に行くのかい?」って。

 君たちはここにいた方がひょっとしたら幸せだったのかもしれない。

 お互いを傷つけず、認め合い、一緒にいられたのかもしれない。

 ——そう、消えずに済んだのかもしれない。

 それでも本当に行くのかい? 私はそう言いたかったんだ。

 

 あの問いは愚問だ。

 君たちは私の問いかけに首を横に振るはずがなかった。

 何故なら君たちはそういう生き物だからだ。

 そうでなければ、君たちはここまでたどり着かなかった。

 君たちアーティストの生きる意味、それはその先にどんな過酷な運命が待っていようとも、いずれ燃え尽きてバラバラになってしまうことになったとしても、それでも頂に向かって突き進むこと。君たちに選択肢は無かった。


 君たちが消えた、と人から聞いたのはつい最近のことなんだ。

 去年の夏、君たちの歌で私はとても勇気付けられた。

 夏が終わると同時に私は君たちの歌を聴くのをやめた。次に聞くのは来年の夏、そう決めていたからだ。

 こうして今年の夏、君たちがどんな新しい歌を届けてくれるのかと楽しみにしていた矢先、この一報を受けた。

 何と半年も前に君たちは消えていたそうじゃないか。

 私が昨年、君たちの歌を聴くのを止めた直後、ヴォーカルの?チヤ%$シは体調不良で休み、その後延期されていた復帰ライブは、何と君たちのラストツアーになった。

 詳しい理由は分からない。お互いの人生を違う角度から歩んでみようという結論に至った、ということだが、オフィシャルサイトも跡形もなく閉鎖されてしまい、もうすでに君たちの痕跡を辿ることさえ出来ない。


 もう君たちに会えないかと思うと、心の大事な部分をぎゅっと握られたような気分になる。

 でも君たちが輝いた証は今もここに残っているよ、そしてこれからも多くの人を勇気付けるだろう。

 ありがとう、君たちの光を私はわすれない、

 ありがとう、私たちの大切な流れ星たちよ——。



 

 老人の片腕が肘掛けから、ぼとん、と崩れ落ちた。

 重力に逆らうことを知らないその重みは、ただ自然のままに微かに揺れて、しばらくしてから止まった。時計の秒針の音が遠くから聞こえた。




 どれほどの時が経っただろうか。

 突然、トントン、とドアを叩く音が響いた。そのまま、重い木のドアがガチャンと開く。

 隙間から吹きすさぶ風に、一気に舞い上がる手紙達。

 天井付近まで、まるで踊るようにひらりひらりとその白い四角が舞ったあと、そのまま扉を抜けて、どこかへ飛んで行った。

 扉がしっかりと開け放たれたあと、こんな声が響いた。


「あの……どなたかいらっしゃいますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る