残り少ない人生

 老人が一つ、床を蹴る。

 揺り椅子が傾く度に、ギィーと音を立てた。

 ひびの入った瞼を閉じたまま、小屋に響き渡る音を聞く。今までにあった数々の出会いを思い浮かべているのだろうか。


 ギィー、ギィー、ギ……。

 揺り椅子が止まった。

 老人は肘をかけながら、目を瞑っていた。

 よく見てみると、その口全体が覆われてしまいそうな白ひげの上から、すー、という寝息が今にも聞こえてきそうだった。だが、それは聞こえるのか聞こえないのか、わからないくらい、微かな動き。もしかすると、そこにあるのは寝息ではなく、時折抜ける隙間風だったかもしれない。


 横の机の上に一枚の手紙がある。

 インクの乾きからすると、そう昔のものではなさそうだ。


 その手紙の書き出しはこうだった。


——人の生には限りがあり、その形も絶えず揺らぎ続ける。しかし、どうやら言葉というものはそのままの形で残り続けるらしい。ならばここに遺しておこう、私という心の浜辺に打ち寄せる、この波のような思い達を。

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