老人は沢山の旅人を送り出してきた

 頂上に行くためには、どうしてもこの小屋を通らなければならない。だから今までも沢山の旅人を老人は送り出してきた。

 何故老人はここにいて、いつから、そしていつまでいて、何をすべきなのか、そのどれ一つをとっても思い出せない。


 ただ、これだけはわかる。

 どうやらここを通る旅人たちは皆、音楽という道を辿り、山の頂上を目指しているようだ。

 中には有名な旅人も見送ったこともあるとよく老人は自慢気に話していた。

 ミスターのつく男性4人組や、南の方、を意味するバンドなども来たことがあったようだ。

 老人はその頃の話を楽しそうに呟く。


「あん時はな、バンド内での結婚だけはやめとけ、って言ったんだよ。それなのに結婚しやがって。でもまあ、うまくいってるからいいけどな!」


 誰もが知っているほどの名声を得たその旅人たちは、それぞれ一つの頂点にたどり着いたと言える。きっと目指していた場所に到達したのだ。

 しかし、そんな旅人たちは一握り。

 ほとんどの旅人は途中で消える。


 老人は小屋から出ることは出来ないから、彼らが消えたのを知るのはいつも人づて。

 彼らが消えた、彼女達が消えた、そんな一報を聞く度に老人は、胸の奥をえぐられたような、そのままぽっかりと穴が空いたような、そんな気持ちになるのだった。


 そしてここにまた一つ。

 ちょうど一年前、この小屋で過ごした彼女達が消えたという事実を知り、老人の胸はまた一つ孤独に押し潰されるのだった。

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