峠の小屋と、不思議な老人
木沢 真流
回想
「本当に行くのかい?」
老人はそう呟いて、旅人たちに目をやった。
その視線の先に肩を並べるのは若い女性5人組、年齢は二十歳そこそこだった。
彼女らは躊躇うことなく、大きく頷いた。その瞳に、まるで川底が透けて見えるほどの純粋さを持って。
それを確認すると、老人は皺だらけの目尻を下げ、小さく何度も頷いた。
「そうかそうか、気をつけてな。それから……」
そういって、机の引き出しから片手に収まるほどの小さな何かを取り出した。それは木彫りのリンゴだった。
「これはわしからの餞別じゃ。そしてこれだけは覚えておくんじゃぞ、いつだってわしはここにいる。お前さんたち旅の無事を見守ってるからな」
青く艶やかな光を放つそのリンゴを受け取った彼女たちは、微笑みを浮かべ、希望を浮かべ、未来を浮かべ、そして恐れを知らぬ無邪気さを浮かべ——小屋の扉を抜けていった。
木の扉がガタンと閉まる。
突然、凍りつくような静寂が老人とその空間を襲った。
それが老人の知る、彼女たちの最後の姿だった。
あの時、止めるべきだったのだろうか、そんな有りもしない選択肢が頭を過ぎる事もある。しかしそんなはかない着想は、まるで指の先が触れるだけで崩れ落ちてしまう雪の結晶のように、一瞬にして彼の元から消え去っていった。
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