草むらのカタツムリ
@poketan
第1話
「失礼します。」
今日も冷ややかな目線で見られながら、定時で会社をでる。俺にはわからない、何がいけないのか。大学に戻りたい。あの頃は楽しかった。でも、遊び過ぎたな。
「はぁ」
人目もはばからず、ため息をついてしまった。
ブラックコーヒーをコンビニで買って、草むらに腰かける。足を伸ばして新品のローファーが川に落ちないようにせねば。ところで、蒸し暑い。昨日は雨だったっていうのに。はあ。暑い。暑い。とにかく暑いな。スーツ脱ぎたい。おっと、今はダメか。格好をつけて買ったブラックコーヒーをちびちび舐めてる俺。格好悪いな。
あ…。カタツムリだ。小学生以来か。
…。…。格好悪いな…。お前も俺と同じなのか。
ふと時計を見るともう8時だ。せっかくの定時帰りをカタツムリに費やしてしまったのか。同僚もいていないような寂しい俺だからまた会いに来るからさ。1cmでも前進して待っていてくれ。
「今日も定時なんだね。」
「…。」
黙って会社を出る。謝るのももうごめんだ。今日もあいつの元へ行くか。
死んでないよな。あいつ。
ブラックコーヒーを自販機で買って、草むらに行く。人目もはばからずあぐらを組む。もう、コンビニに行くのも面倒くさい。はあ。面倒くさいな。とにかく面倒くさいな。勉強したら、ホワイト企業に行けたのか。いや、行けない。ブラックコーヒーじゃなくて、カフェオレ飲みたい。
お、あいつだ。前進したな。俺は何も変わってない。いや、変わった。定時で帰っても謝らなくなった。それは退化だよって、可愛い女の子に突っ込んで欲しい。いや、理想が過ぎた。お前でいいよ。いや喋れないよって突っ込んで欲しい。…。お前は何を考えてるんだ。ただ、川に向かって進むだけ。…。俺は考えすぎなのかもしれない。相談する量が増えちまった。いや、相談って言わないか。
ひさびさに笑った。
太陽のでない朝。
雨か。傘を持って家を出る。今日は、朝に川に寄って行こう。家に買い置きしたブラックコーヒーを持って草むらに行く。見つけた。
もう、川まであと一歩まで来たか。おっと、俺の一歩はちと大きかったか。今日俺は、友達を作る。お前も川に到着する。二人で目標を達成しような。重かった足取りを軽くして、会社に向かう。雲はまだ消えない。
食堂で同期を探す。
「ちょっと前いいですか。」
「 いいですよ。」
あいつと約束した通り、同僚と言える同僚を探さねば。
お昼のニュースです。
「今日はいつにない猛暑となっております。今話題のかき氷は、八女抹茶タピオカかき氷です!」
(とりあえずでタピオカ入れるなよ…。)
「あれ、どうですか?」
「いや、あれはちょっと〜」
「ですよね。」
「それでは、街の人にインタビューの時間です!」
「今日はとっても暑いですね!」
公園が映った。
何気ないインタビュー、子供たちがかき氷を食べている様子、仕事に励む大工さんの様子。
紫陽花に水をやる花屋の様子、葉っぱの下でナメクジが干からびていた。
何気ない、何気…ない?
いや待て、ナメクジが干からびている、カタツムリも危ない気温なのではないか。脳裏によぎる悪い妄想。焦る。焦燥とはまさにこのことか。焦る。今は夏か?寒い。でも汗が出る。季節感を失っているのは自分だけみたいだ。
「大丈夫…ですか?」
「すいません、有給取るって上司に伝えてください。」
とっさに口が喋る。とっさに体が動く。たかが小動物のために、社畜の貴重な有給を。
俺は走った。あの河原まで。人目を気にする暇もない。普段風のように走る自転車も自分より遅く感じる。人間の限界とはここまで引き延ばされるものなのか。
河原に着く。俺の伸ばす足もないくらいに進んでいた。川についていてくれ。
「あ、」
見つけた。見つけたよ。干からびてしまったお前を。はあ。俺は泣かない。
心に空いてしまった大穴は、有給の午後だけで埋まるのだろうか。コンビニで、カフェオレを買って家に帰る。買い置きしたコーヒーも今は飲めない。買い置きも必要ない。
俺が人生初めて飲んだカフェオレは、苦く、コーヒーより苦く、そして苦く、しょっぱかった。
草むらのカタツムリ @poketan
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