六月二十日 音原

服飾関係者の多い音原は街のいたるところで色の洪水が起きている。


がちゃがちゃと騒がしいけれど、どの色に対してもみんなが敬意を持ち合わせているので、下手に大路駅周辺を歩くよりもずっと平和だと感じる。




一年前に美容師の卵の女の子と出会った通りを歩いた。


以前、この街に初めて来たとき、彼女に「そんな白黒の服じゃかえって目立つ」と言われたことを思いだした。




同じ場所を歩いているはずなのに、懐かしい気持ちにならないのはお店が様変わりしているからなのだろうか。それだけではない気がした。


この街を彩っているまだらの模様は二度と同じ模様を作り出さない。同じ色でも着ている人が違う。同じ人でも着ているものが違う。過去から未来へと二度と同じ瞬間が訪れないのが時間という概念ならば、彼らは時間を体現するにふさわしい存在だ。




その通りを歩いている時に「髪を切りませんか?」と声をかけてきた女の子は、あの時の美容師とは似ていなかった。


私は少し考えてから首を振った。




近くの売店で流行のフルーツホッピンが売られていたので列に並んでみた。果物を大黄土で瞬時に発火させた揚げ物のような食感の食べ物だ。並んでいる時も爆竹のような音がひっきりなしにバババババと音をたてている。


いつもなら素通りしてしまうようなお店なのだが「何かを待つ」ということがしたかったのだと思う。待つ時間は無駄になるけれど、その代わり、歩いていたら手に入れられなかった物が手に入る。重ならなかったはずの時間軸に飛び込むことができる。よく考えてみると「待つ」というのは不思議な行為だ。




通りに設置された長岩の上に腰掛けてフルーツホッピンを食べていると、隣に深いブルーのシャツとスラックスを履いた青年が座った。手は丁寧に作られた陶器のように白かった。年は20歳前後にも10代半ば頃にも見えた。


「ずいぶん待ちましたね」


と突然青年が私に笑いかけた。


私はフルーツホッピンを一人で食べているのが急に気まずくなって曖昧に笑った。


「そのおかげでこれを渡せます」


と青年は言った。


「お姉さんへの手紙を預かってました」


私は青年の服の胸元を見た。シャツの色で目立たなかったけれど、またあの蜻蛉の刺繍がされている。


「これを誰から?」と声をかけても青年は振り返りもせず通りの人混みの中へと混じってしまった。




手紙の差出人はおそらく前回の不思議な手紙と同一人物だろう。


私ともう一度会いたい旨が切々と語られていた。


私があなたと再会した時、私があなたが見た私と同じである保証はどこにもないのに。




それでもこの人は私と会いたいと思っているのだろうか。


時が経っても変わらない、私の本質のようなものを、知っているとでもいうのだろうか。

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