六月十九日 小麻
久しぶりに百容堂の主人に電信をかけると、やけに機嫌がよかった。去年漬けておいた昴梅の氷漬けが解け始め、しかも今年のはたいそうできがよかったらしい。
一言ぐらい、美術品の仕入れをしばらくしていないことをなじられるかと思ったけれど、そんなことはなかった。
百容堂の主人にとっては私の仕入れなんてあってもなくても大して変わらない。仕入れを続けるのは若葉からひげ根まで私自身のためだ。私が私の稼いだお金で旅を続けるためだ。
うれしい報告もあった。
百容堂の主人から「お前が輪子でみつけた漆工芸作家がいただろ?」と言われたとき、すっかり彼女のことを忘れていた自分に驚いた。
百舌湖堂。私が一番初めに百容堂への買い付けを行った、私と同い年の作家。
百容堂の主人の「熟成期間」が終わり、今度、番組で盛大に取り上げるらしい。今までに百容堂に蒐集された彼女の作品は想像もつかないような高値をつけて売り出されるのだろう。
「放送日を教えようか?」と言われたけれど、丁重に断った。
今考えてみれば……。
一番初めに、私が母親からぎりぎりまで追い詰められ、水香に大急ぎで逃げなければならなくなったのは、彼女が母親に通報したと考えるのが妥当だ。
あの時は世間知らずで、ほいほいと自分の素性がわかるようなことをべらべらと喋ってしまった。
今は違う。
あの時は誰がやったかわからなかった出来事にさえ、ちゃんと真実をみつけることができる。
そうだ、もうすぐ旅立ってから一年が過ぎようとしているのだ。
あのとき私の長い髪を切ってくれた美容師の卵の子はもう美容師になっただろうか。もう名前も忘れてしまったけれど、出会った場所は覚えている。
会えなくてもいい。覚えてなくてもいい。
あの場所に行ってみたくなった。
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