六月十八日 未都

その眼鏡屋は草むらの奥にあった。


入口が高く伸びたバケススキで覆われていて、客に入ってもらう気がまったくないように思えた。




私がなぜその店をみつけられたのかというと、前を歩いていた恋人たちが気になって後をついていったからだ。


男のほうはヤギの面をかぶり、女のほうは異国の民族衣装を着ていた。


私は奇妙な格好だと思ったけれど、周りの人はまったく意に介していなかった。




恋人たちがバケススキを分け入って、その中の扉の中に入ったとき、私は迷った。


すぐ後を追って中に入って、そこがとても狭かったら、後をつけて来たのがばれそうだと思ったのだ。




私はしばらく外で待つことにした。


しかし、いくら待っても恋人たちが出てくる気配がなかった。その上、雨まで降ってきたので、ついに中に入ってしまった。




中に入ると、そこにはこじんまりとした小さなカウンターとカウンターよりもはるかに大きなブランコが置いてあった。


恋人たちはブランコに乗ってゆらゆら揺れていた。




「いらっしゃい」と店員が声をかけた。


「よくここがわかりましたね。もしや、あの二人を追いかけてきたんですか?」と店員が言うので、私は苦笑いするしかなかった。




「ここはね、一見さんお断りなの。だから、それでいいんです」


と店員が言ったのを聞いて、私は気が楽になった。あの二人も、いつか誰かを追ってここに来たのか。




「それよりも問題は、あなたがどうしてあの二人が気になったか、


です」


そう言われて、私のほうが驚いた。


ヤギの面をかぶった男と民族衣装を着た女は珍しくないのだろうか。




店員は「これは監視カメラの映像です」といって私に眼鏡をかけさせた。眼鏡の向こうにさっきまでいた未都の映像が見えていた。


そこにはサルのお面をかぶった者やネズミのお面をかぶった者、喪服で歩く者や宗教服で歩く者が映っていた。


「ね、あの二人、別に珍しくなんかないでしょう?」


店員は私の驚きを先回りしたようにそう言った。




「ここは、なんですか?」


と私はやっとの思いで聞いた。


店員は「ただの眼鏡屋です」と言った。


「目が見える人にとって、眼鏡なんてさらに見えなくする道具でしかないでしょう? ここにあるのはそういうもの。見えてなかったものを見えるようにするんです」




その後、店員はにんまり笑った。


「当てましょうか? おねえさんがあの二人を見つけたのはね、うらやましかったからですよ」




私はブランコに乗り続ける恋人たちを見て、たしかにうらやましかった。


けれどブランコは二席でもういっぱいなのだった。

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