六月十七日 未都

またあの青い蜻蛉の刺繍の郵便屋に会った。


私が店で美術品を物色していると


「あなた宛てに梔子様からの手紙が届いています」


と背後から声をかけられた。


黒い口紅を塗った女性に見えたが、声は男性のように低かった。




差出人に心当たりがなかったので


「受け取れません」


と答えた。


前回の杜郷さんからの手紙も不可解なことだらけだったし、あまりこの謎の私設郵便局員のような人物とあまり関わりあいを持ちたくなかったのだ。


しかし、局員は黙って私に手紙を押し付けた。


押し返そうとしたら、その手の中にぐちゃりと手紙を握らせて、走り去っていってしまった。手紙の扱いもあんまりだった。




私は急に差出人が気の毒になってきて、その手紙を開けてみた。


すると、手紙は「あなたが好きです。どうかもう一度あなたに会わせてください。」という文から始まっていた。


私は差出人の「梔子」という人物に会った覚えはなかった。


しかし、その後の手紙に書かれた私の格好や行動、自分でも気づかなかったようなカップを持つときの癖はたしかに私に間違いなかった。


それだけ書けば、まるで監視されていたようで気味が悪いものなのだが、手紙の文面からそうした息苦しさは感じなかった。どちらかというと、今まで見えていなかったのに見つけられてしまった守護霊の言い訳みたいに感じた。




あの手紙の文面を思い出して、顔が紅潮しているのがわかった。


あれだけ誰かに干渉されるのは嫌だったのに、これはどういうことだろう。




でも、手紙を読み終わったときの私は、先日のパブの予言流浪男のことがきっと頭にちらついたのだ。


「質の悪いいたずら」「関わってはいけないもの」と断罪して、その手紙はすぐにゴミ箱に捨ててしまった。




今になって、その言葉のひとつひとつの感触を思い出そうと、日記を書いている。


人に言ったら軽蔑されそうだ。


でも、私は一人だから、軽蔑される心配もない。



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