旅は道連れ
六月十五日 未都
バスの長旅は想像以上に堪えていた。
万谷窪さんに謝罪したことによる精神的な疲労もあったと思う。
未都に着いて、ホテルにチェックインした後は、ずっとベッドの上でごろごろしていた。
起きあがると、とっくに日は暮れていて、ホテルのレストランも営業時間を終えていた。
私は、また訪れたときに行こうと思っていた異国風の街並みの路地へ行ってみることにした。
外に出るとむわっと生暖かい空気がまとわりついた。
一軒先の店の看板の文字を読むことができないほどの深い霧が発生していた。
どこまで歩いても視界の悪さは一向に変わることなく、まるで覚めない悪夢のなかにいるようだった。私はこの霧から逃れる場所を求めるようにまだ営業しているパブを探した。
ようやく営業中のパブをみつけ中に入った。薄暗い店内には賑やかな音楽とは不釣り合いな沈鬱な顔をした男たちが頭を垂らしながらグラスの中の琥珀色の液体をゆらゆらと傾けていた。
今振り返ると勇気のいることだが、私はやっと入れる店をみつけてほっとしていたのだろう。カウンターの隣に座っていた男に「どこもすごい霧ですね」と話しかけた。しかもその男は伸ばしっぱなしの髪を無造作に束ね、これまた伸ばしっぱなしの髭を蓄えた、流浪の民と思われる男だった。
男は一度面倒臭そうな顔をしたが、私の顔を見ると、こずるい顔になって、
「この霧がどうやってできたのか知っているかい、お嬢さん」
そう言って、にやり、と笑った。
私が首を振ると、男はラックからフライヤーを一枚取り出すと、その裏に絵を描いて説明し始めた。
「俺たちが住んでる街は、コーヒーカップの底のようなもんだ。そこに、ミルクを垂らす。とっても濃いやつだ。それを、ずっと放って置くと、下のほうにミルクが溜まる。それが、この霧だ」
「おい、それならよ、俺達は一体誰に飲まれる為のコーヒーなんだ? ミルクをかけられて、それがいいぐらいに混じって、誰に飲まれるのを待ってるって言うんだ? これから何が起こるんだ?」
男の隣のテーブルに座っていた男たちが突然顔を上げ、ヤジを飛ばした。さっきまで誰とも話していなかったように見えたのに、今、隣のテーブルの男たちは仲良さそうに一致団結していた。
流浪の男はにやり、と笑い、
「いいところに気が付いた。だから、今日は早く帰ったほうがいい」
そう言い残すと、金も払わずにふらりと店を出て、それきり帰って来なかった。
流浪の男の飲食代は私が払うことになってしまった。
しかし、男はコーヒーを一杯頼んでいただけだった。
このコーヒー一杯で男は何時間あの席に座っていたんだろうか。
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