二月三十日 祭曜
杜郷さんに「養子にならないか」と提案された。
私があかずの間で見た肖像画に描かれていたのはやはり杜郷さんの娘さんだったようだ。
「もうあの子は帰ってこないと思う。私が死んだ後、この家や庭の引き取り手がいないのは、ちょっと寂しいから」
杜郷さんは車いすの上から庭を眺めてそう言った。
私が来た頃は自力で歩いていたのに、杜郷さんはここ一週間でずいぶん老け込んでしまったように見えた。
杜郷さんの娘は、厳しい躾に耐えることができずに、ある日突然、この屋敷から姿を消してしまったそうだ。
「愛情のつもりだった。でも、あの子には伝わらなかった」
そう言いながら涙を落とす杜郷さんを、私は可哀想だと思った。杜郷さんと娘さんとの関係は、母親と私の関係ととても似ているのに。
私の母親も、娘が私でさえなければ、母親のすることを正しいと思えたのだろうか。
私が返答に困っていると、杜郷さんは、
「そういえば、植椥さんから貰ったお菓子があるから、お茶にしましょう」
と、何事もなかったかのように言って、もうその話題を口にすることはなかった。
「ここの薔薇は本当にきれいだから、春までは居なさいな」
そう言っただけだった。
貯金額はしばらく買い付けのためにふらふらするには充分な額がたまりつつあった。
杜郷さんの話を聞きながら、いつここを発つのがいいか考えている自分は、実はとても冷たい人間で、母親があんなに嘆くのは当然なのではないだろうか。
そんなことを、ずっと考えていた。
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