十月八日 志摩平
蛇ヶ峰を過ぎると、トンネルが増えた。目を閉じているのと変わらない風景が長く続き、それが終わると、緑の背丈が伸びていった。列車は下り坂に入っていた。
「志摩平」という無人の駅で降りた。ここはかつて、錯視を利用した娯楽施設で栄えたけれど、今は町ごと廃墟になっているらしい。列車のなかで男性の旅人らしき二人組がそう話していた。
何度曲がり角を曲がっても同じ景色が現れる錯視迷路の美しい対称性が、廃墟になってから人気となり、その筋の(どの筋か知らないけれど)人間で知らない人はいないそうだ。
志摩平駅のホームには屋根がなかった。その上、駅舎も改札もなかった。知らずに辿り着いたらここが駅だとはとても思わないだろう。
町に入ると、驚くほど賑やかだった。
どの家屋の中からも人の話す声が聞こえた。廃墟というのはでたらめだったのだろうか。しかし、人の姿そのものはひとつも見あたらない。賑やかなはずなのに、どこか寂しい。
しばらく歩いているうちに、違和感の理由に気がついた。
「お父さん? いたら返事ぐらいしてください。ご飯できましたよ」
「ここはね、三角形を二つに分けるんですよ。そのままじゃいつまで経ってもわかりません」
「ウネハラさ~ん。お届け物です」
聞こえてくる会話が、どれもこんな調子で、ひとつも噛み合っていないのだ。
前方で動くものが見えて、私は足を止めた。
野生動物だった。
その動物が私のほうを振り向いたとき、私は心臓が止まるかと思った。その動物が、人の顔をしていたからだ。
動物が路地へと姿を消してから、私はその動物の正体に思いあたった。人に擬態して冬を越すという不思議な動物、火喰い狐ではないだろうか。私も図鑑でしか見たことがない。もう絶滅したといわれていたはずだけど、まだ生きていたなんて。
動物の消えたほうから甲高い鳴き声が聞こえた。さっきの獣が鳥を一匹しとめたのだろうか。
すると、家から聞こえていた人の声がぴたりと止んだ。
そして、窓という窓からいっせいにおびただしい数の鸚鵡が飛び出して空に飛んでいった。
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