十月五日 蛇ヶ峰

宿の女将さんにあの酸性の間欠泉について聞いた。間欠泉の酸は空気中の黄土と反応し、ソーカライトという鉱石になって降るそうで、やはり間欠泉のなかでなにかが輝いているように見えたのは気のせいではなかったようだ。




この鉱石を人工的に作っている工場があると聞いて寄ってみることにした。


見学者の私も全身防護服を着せられた。耐酸コンクリートの武骨な建物に朱色の亀甲模様の防護服という不釣り合いさが、かえって緊張感を高めていた。


床に敷き詰められた黄土の上にガラスでできた柄杓で間欠泉の水を調味料のようにかけると、南国の海色をした六角柱がまるで生き物のように右に左にうねりながら生えてきた。


「これは間欠泉に少し塵を混ぜた水なんです。純粋な間欠泉では、こんなにきれいに結晶化しません。豆腐のにがりのようなものです」




工場の職員は説明のあとにこうも言った。


「私は長年この仕事をやっているでしょう? そうするとね、この塵めがけてソーカライトが飛び込んできてるように見えるんですよ。『ここが私の生きる場所だ』とでも言うみたいにね」


じゃあ職員さんはここのソーカライトですね、と私は気をきかせたつもりで言ったのだが、職員は少し唸った後に、


「……私はちょっと芯が足りなかったかな」


と言った。


「不純物がない、というのは、つまりどこでも同じものが作れるということなんです」


そう言って、職員は残った柄杓の水を空にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る