十月二日 満月野
自由とは、なんだろう。
世界のどこへでも、自分の意思のまま、行きたいところに行けるのが自由だと思っていた。
そういう生き方をしているのは、功望だと思っていた。
でも、違った。
日記を盗んだのは功望だった。
功望は懸賞金をかけて世界に五つしか現存しないと言われている不東稀石製の小箱の回収を行っていた。恐ろしいことに、功望はそのうちの四つをすでに収集していたのだそうだ。
そして、最後の一つが「運送業者を通じて蚤の市に出回った」という噂が流れた……。
功望はこれまでの経験から、蚤の市を回る私が「一般の客」ではないことを見抜いた。蚤の市に小箱が出回っていないのを確認すると、すぐに私に先に買われた可能性を考えたそうだ。
私に近づき、酒を飲ませて酔ったところで所持品を探り、それでもみつからないので日記を盗んでなにか情報がないか漁った。そして、なにも見つからなかったので日記をゴミ箱に捨てた……。
功望に問い詰めると、全部話してくれた。さも悪いことなどひとつもしていないといった口調であっさりと。
おかしいと思ったのは、功望に昨日買った贈り物を渡したときのことだ。
「輪子製の黒小箱じゃないか、ありがとう」
こちらがなにも説明していないのに功望はそう言った。
黒小箱は十年前こそ高級な工芸品だったが、今は似た質感を安価で出せるようになった。本物の黒小箱と量産品を見分けるのは至難の技だ。百歩譲って功望が本物の黒小箱だと見抜いたとして、なぜ輪子製だとわかったのか。黒小箱は輪子、富湯、天宿で作られているが、同じ職人が伝えた技術であるため製法も仕上がりもまったく同じであるし、同じであることが品質の証となっている工芸品だ。どこで作られたかは店員と購入者しかわからないはずだ。
功望がそれを知っていたのは、私の日記を読んでいたからに外ならなかった。
「あとひとつなんだよ、わからないのかい」
そう怒鳴り散らす功望はまったく自由に見えなかった。
『報酬』にしがみつく亡者だった。
自由とはなんだろう。
自由になるために、なにかに知らず知らずしがみついているということもあるのだろうか。
私は自由になりたくて、家を捨てた。
でも、そのことによってかえって「なにか」にがんじがらめに捕らわれつつあるのではないか。
その「なにか」の正体がなんなのか、私にはまだわからないけれど。
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