九月二十九日 満月野

轟山脈を走るトンネルを抜けると、私のいた世界がいかに局所集中配線の毛玉であったか思い知らされた。こんなに空はどこまでも空が続くものなのか。国内随一の牧草地の風景は、同じ国にいるとは思えないほど見たことのないもので埋め尽くされていた。水平線まで続く草の緑、そのなかに時々ぽつんと生えている淡い緑の木。山を越えたからだろうか、生えている植物も見たことのないものばかりになった。




夜行列車は満月野駅でいったん停止した。


ここで長い時間停車するのは、花火草の開花を見るために列車に乗っている人も多い、ということだろう。ホームからは花火草が一面に野を覆い尽くしているのが見えた。花火草といえば、春分と秋分に一日だけ花火のように赤い花を咲かせる、繊細で儚い花、という印象だったけれど、いま地を這っているこの植物からは生々しい生への執念とよろこびが感じられた。




売り子から簡易双眼鏡を買い、花火草が開花していく様子を眺めていた。ふわふわのドレスを着た踊り子が屈んだときみたいに蕾が膨らむと、線のように細い花びらが順々にほどけていった。そして、花びらの一枚一枚が目覚めてすぐの伸びをするように腕を伸ばした。この美しさが、自らの意図によるものでないということに今まで何人の芸術家が嫉妬したのだろう。


「花が開くときの音が聞こえた」とはしゃぐ人もいた。仮に開花するときに音がしたとしても、この距離では常識的に考えて聞こえるわけがないのだけれど、私もその音が聞こえたような気がした。それほど、みんな花火草にのめりこんでいたのだ。




この日記を書いている今も、列車には花火草の甘い香りが漂っている。


今夜はいい夢が見られそうだ。

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