八月二十四日 旗崖
まさか、こんなことになるとは思わなかった。どうしたらいいんだろう。
百容堂の主人に電信をかけて、旗崖に宿泊施設はないとわかった。でも、旗崖にいる噂の新人作家の存在も聞き、旗崖に向かってしまった。百容堂の主人は煮え湯を「熱くて旨い」とすすんで飲む類の人間なのだから、律儀に言うことを聞く必要なんてなかった。
旗崖に向かうバスから見た光景が目に焼き付いている。人は一人もいない。人工物も道路以外ない。白味を帯びた岩と砂がどこまでも続き、変化するのはぽっかりあいた空に寂しく流れる雲ぐらい。エンジンの音が相対的にどんどん空間を占めていくのがわかった。まるで、世界の果てに向かっているようだった。こんなになにもない場所の先に、再びなにか意味のあるものが現れるのか、と不安になるぐらいだった。
旗崖に近づくと「御言葉」を降ろせる人物はそこらじゅうにいた。ただ、思っていた姿ではなかった。あらゆる色の電飾を落ちそうになるぐらい取り付け、蒸気を噴かしながら上下する金色のパイプが無数に這う、奇異と言うほかない黒塗りの高級車から顔をだし、こちらへ、こちらへ、と客を引く。乗っているのはどれも五十代ぐらいの女性で、それぞれ別の色の色眼鏡をかけていた。
「みんなそう言う、私たちに初めて会った人はね。これはあんたが思ってるような魔法の力じゃないからね、鍛練の結果さ」
私を視た術師の女はそう言っていた。
でも、信じられない。
性格、家族構成、過去の嫌な思い出、宝物……。全部言い当てられてしまった。
仮に女の言うとおり鍛練の結果なのだとして、そんなことができる人をどう欺けばいいのだろう。
書いて少し落ち着いた。そうだ、相手だってただの人だ。ここから抜け出す方法がなにかあるはずだ。
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