今様色(いまよういろ)
第6話
橘諒が離婚した。
俳優としてデビューの時から、同じ時期に登場した俳優の中でも、抜きん出てそのカリスマ性のある容貌と雰囲気で、一躍若手俳優のトップとなり、演じる役全てに視聴者を魅了し続ける、今や中堅どころとなり、我が国の代表的な地位を築いている橘諒が、子役から活躍していた女優宗方
その橘諒と宗方杏の離婚だ。
交際を含めて10年愛の破局であった。
……といっても、橘諒はとにかくデビューの頃からモテた。
その185センチはゆうにあるだろうと言われている長身に、ミニバスから高校生迄続けたバスケットで培った、それは均整のとれた身体、そして男ばかりの兄弟の長男という処から発する、男気のある気質は異性のみならず同性からもモテている……そう今現在でもだ。
そんな橘諒が今や我が国のみならず、海外での活躍も当たり前の様になった、成瀬と出逢ったのは確か、妻であった宗方杏との交際が、ある週刊誌に掲載された頃だっただろう。
男気のある事で定評のある橘は、人気絶頂期であるにも関わらず、あっさりと彼女との交際を認め、その清々しい姿にファンからも高評価を得た頃だった。とにかくモテる橘は、宗方杏以外にも何度も、共演者とかモデルとかと浮名を流していたが、それらの汚点が拭い去られる程であった。
成瀬は、今や国際的に名を馳せた飯森監督が、名を馳せるきっかけを作ったと言っても過言ではない人物で、その中性的な美しさで、我が国以外の視聴者をも一瞬にして虜とした。当時はまったくの無名の存在であったが、その美しさには誰しもが息を呑んだ。当時は未だ少年と言ってもいい美少年だった……と言っても、その頃19才と言ったか20才と言ったか……それでもその華奢で可憐な姿は、とても大人のそれではなく少年のそれであった。否、少女と言っても騙される程であった。それ程に記憶が残る程の衝撃を与えて、彼成瀬は深夜のBLドラマでデビューした。
当時映画で幾つものヒット作を手掛け、才能を認められ始めていた飯森監督が、テレビのドラマを手掛ける事となり、そのドラマが監督の要望により、BLというジャンルであった為深夜枠となった。
とにかく拘る事が多い監督なので、その配役に難航した。
主役は子役から人気俳優となった瀬野俊哉。彼も高身長で、その甘いマスクが世の女性を虜とし、幾つものドラマの主役を務める俳優だったが、昨今の橘諒達若手に、取って代わられかねない勢いに、多少の焦りを抱いていたのだろう。飯森監督が瀬野をどうしても起用したいと、かなり強引に瀬野に迫ったという話しは、実しやかに囁かれている噂だ。
後の飯森監督ヒット映画の主役を瀬野が得て、深夜のBLドラマのヒットと、映画の立て続けのヒットで、彼の俳優としての価値は、不動のものとなったと言っていいからだ。
最初の段階では男同士の予定ではなく、双子の駆け出しの女優の姉が交通事故に遭い、その弟が姉の代わりに、ある大企業のイメージガールに奮闘する内に、大会社の社長と恋に落ちる……というBL漫画からのドラマ化ではあったが、相手役を男装で恋に落ちる……役で人気を博した女優か、モデル出で人気絶頂の女優を起用するという事で話しは進んでいた。
つまり女優が弟役をやり女装して話しが進む内に、瀬野扮する社長と恋をする。お互いに相思相愛になった頃に姉が目覚め、姉と入れ替わり弟は恋した社長を姉に譲る……というちょっと切ない内容だが、実際としては男同士の俳優の絡みは無い予定で、通常枠での放送予定であった。
ところが拘り屋の飯森監督が、どうしても弟役を男の俳優にしたいと譲らなかった。それも男であるが女性の様に可憐で華奢で、瀬野の社長をとことん虜にして騙し通せる相手。
……そんな男いるわけが無いだろう……
その時のスタッフ達が、陰で投げた台詞だ。
その為に、なかなか相手が決まらない。結局ドラマは先延ばしされ、女優の中から選出する事で、飯森監督が降板する可能性も出始めた頃、あるディレクターの知り合いから、栃木のコンビニの深夜に入る店員に、女性だと思って声をかけたら、男だったというつぶやきがある事を知らされた。
もはや半信半疑で見に行ってみると、本当に可憐な女子高生が、深夜にコンビニでバイトしている。それもかなりの可愛さだ。
どうやら一人や二人の、つぶやきどころじゃないらしい。
とにかくディレクターは、バイトが終わるのを待って話しをする約束をこぎつけ、すぐ様飯森監督に報告した。すると直ぐにでも会いたいと言う。
まっ、飯森監督の気持ちは理解ができる。
自分で言っておいてなんだが、監督の要望は全く現実的ではないからだ。
遠目に見てならともかく、昨今の良質のテレビ画像に、男と見えない男が存在する事自体あり得ない事だ。漫画アニメの世界でしか描けない代物だ。
……成瀬……未だ二十歳になっていない浪人生だった。
なんとその女の子の様な容姿と身体の為、中学生の頃に虐めに遭っていたという。その成瀬にディレクターと飯森監督が、そのドラマだけでも出演して欲しいと懇願した。そして長時間の説得の末、成瀬はこのドラマに出演する事を承諾した。それ程に飯森監督の熱意と、ディレクターの悲壮感が感じとれての事である事は、後の成瀬のインタビューで解り、その時には高評価を得ていた飯森監督は、成瀬に申し訳ない思いでいっぱいになったという。
誰もが成瀬のその容貌に釘付けとなり、その容姿に合った透き通った甘ったるい声音が、本当に彼が生物学的に男性である事に疑問を抱かせた。だから彼は真実男性である事を、映像の上でも見せつける様に、上半身を裸となって着替えるシーンを飯森監督は、ドラマの冒頭に流す事にしたが、存外成瀬は裸を人前で見せる事に躊躇を持たず、真実男性である事を証明した。だがその華奢で白肌の透明感は、魔性の存在として見る者に植え付けた。
成瀬はドラマに携わる全てもの人々を驚かせ、そして視聴者迄もを驚かせ虜として、ドラマは深夜枠にも関わらずヒット作となり、日本以外の人々をも魅了して、驚く程の速さで人気俳優の一人となった。
そのドラマだけの約束が、飯森監督が立て続けにドラマを撮影する事となり、成瀬は飯森監督の為にその作品にも出演する事となった。
その作品が若き頃の橘諒との初の共演となり、そして成瀬の最期の作品となるはずだった。
「ねぇ……諒……」
橘諒は自宅のマンションで、恋人の宗方杏が飲み物を手に、ソファの隣に腰を下ろすのを見つめながら返事をした。
「成瀬って……瀬野俊哉と同居して、撮影してたんですって?」
「えっ?あの瀬野さんと?なんで?」
「何でも彼に恋心を抱かせる為に……ですって……」
杏は自分達も、共演した作品にのめり込んで愛を育んだので、興味深げに言った。
「瀬野さんには落ちそうだな」
諒は半分冗談を込めて言う。
「……瀬野さん……撮影の間中夢中になったんですって……撮影が早く終わってよかったって……雑誌のインタビューで答えてるらしいわよ」
「は?そりゃ、瀬野さんの番宣だろ?あの人に限ってそれは無いね……根っからの女好きだよ」
ビールを飲み込みながら言う諒に、杏が意味深な笑みを浮かべる。
「諒みたく?」
すると橘諒は、グッと隣に座る杏の腰に手を回した。
「男が好きじゃ、こんな事しないだろ?」
「ふふ……意外と共演者キラーかもよ?」
「ズブの素人だからね?瀬野さんは同居はさせられるし、二人だけのスマホを持たされたらしいぜ?」
「何それ?」
「演技がさ……惚れた腫れたなんて、できるわけないだろ?容姿だけで選んじゃってんだから……」
「……じゃ、諒も同居するの?」
杏が呆れる様に、橘諒を見つめて言った。
「……たぶんな……しかし飯森監督の作品だしなぁ……出ておいて損はない。瀬野さんも映画で実力見せつけてるし……第一飯森さんは今じゃ、国際的に評価の高い監督だ。国外に名を知らせるには、飯森さんの作品に出ておかないと……」
「ふっ……とか言って、絶対夢中にならないでよ」
「なるわけないだろ……」
橘諒は一笑に付して、杏に顔を近づけて行った。
橘諒が初めて成瀬を見たのは、読み合わせの時だった。
人気急上昇の俳優といっても、やはりちょっと色物ぽい処が大きい。
その可憐で男性離れした容姿は確かに魅了するが、演技も上手いわけではないし、本気で俳優の道を進むつもりが無い事は、この業界で必死になる若者達には直ぐに解る事だ。そして今人気があるのも、ただその美貌が女性でなく男性なのに、女性の様に嫋やかで可憐だという珍しさからだという事も、誰の目からも解る事だからだ。だからなのか、飯森監督の庇護の下なのか、成瀬は見世物の客寄せの様な立場になりうる、記者会見には顔を見せなかった。
そして監督が今回で成瀬を自分が撮る事は、最後となる事を告知した。
飯森監督の作品に出演しなくなれば、成瀬はこの業界から姿を消す事になる。
なぜなら彼は飯森監督との契約のみで、どこのプロダクションとも契約を交わしていないからだと、翌日のワイドショーを賑わしたが、この国の殆どの視聴者が、それは納得している事だ。なぜなら彼は、こういった作品にしか重宝されない存在だからだ。
そして橘諒はその成瀬の可憐な姿に、己が釘付けとなった事を察した。
それは橘諒が初めて感じる感覚で、それが囚われるという感覚である事を知った。かつてどんなに夢中になった女性にも、今まで抱いた事のない感覚だ。
その感覚に酔いしれてしまったら、驚く程に下手くそで棒読みの台詞すらも、受け入れてしまう自分がいる。あれ程に演技に対してこだわりを持ち、煩い自分がだ……。
「橘君……」
飯森監督が、帰り際に近寄って来る。
「瀬野君の時に、やった事なんだが……」
橘諒は笑いながら、監督を見つめた。
「同居の件ですか?」
「……ああ……見ての通りなんでね……もう少しマシかと思ったが、全く芝居にならない……で、瀬野君が提案してくれて、とにかく兄弟の様に暮らしてくれた。本当に彼は、成瀬を可愛がってくれてねぇ……まっ、本物と迄はいかなかったが、一人っ子の成瀬は瀬野君にかなり懐いた……言い方が変だが、兄の様に慕った様で、なかなかいい作品となった……」
「……つまり、ドラマのできは俺次第って事ですか?」
「……そう思っている。成瀬は記憶力は抜群だから、台詞は直ぐに覚えられる。それを感情に乗せるのはできる、だがその感情を作って動かす事はできないから、君の反応や対応で……」
「……どうにかなりますか?」
橘諒が鋭い視線を送ると、監督の方がほくそ笑みを持って橘諒を見つめた。
「瀬野君はどうにかしたから、話題作となったんだ」
「彼を見たさに、ドラマを見た人間も多いでしょう?」
「……だが後半の彼の演技は、なかなか評判良かったよ」
橘諒は言葉を失した。
この話しが決まってから、まとめてドラマを見たが、確かに成瀬の演技はどうにか見ていられる物となっていた。つまり瀬野の演技が成瀬を、刺激したという事だろう……。それを自分にもしろと、暗に言っているのだと判断した。
ミニバスから高校生の部活迄、ずっとバスケをやっていた。それも殆どレギュラーとして試合に出た。
つまりかなり、負けん気が強い性格だ。
大学進学もバスケ推薦で行ける程だったが、幾度もその容姿でスカウトされ続け、ずっと断り続けていたのに、急に芸能界へ興味を持ってしまい、あるプロダクションと契約して直ぐに、脇役であったが話題作となった映画に出演していた為、それは自分でも驚く程に人気を博し、その当時の若手の注目株となった。それからは、負けず嫌いの性格が功を奏して、一応は名の知られる俳優となった。
そんな橘諒が、実力派の先輩である瀬野の名を出されて、引けるわけがない。瀬野以上のものを残してやろうと、思うのは当然の事だった。
成瀬は暫く、橘諒のマンションに、同居する事になった。
それを提案したのは橘だった。
飯森監督は、新たなマンションを借りると言ったが、瀬野の名を出された橘は、どうしても自分のマンションに同居させる事にした。
……そう瀬野以上に、ズブの素人の成瀬を、自分に夢中にさせてみせる意気込みが存在したからだ。
成瀬は橘のマネージャーが運転する車に同乗して、それは落ち着かない表情を浮かべる。その姿がどう見ても少女のそれだ。
余りに可愛い過ぎて、橘は目を離せなくなってしまった。
すると成瀬はその視線と合わせると、癖の様に笑んで見せた。
その姿に育ちの良さと、大事に育てられた事が伺えた。
「これから瀬野さんの時の様に、一緒に暮らす訳だけど……」
橘が言うと、成瀬はそのつぶらな瞳を向けて見つめた。
この芸能界で、美女という美女を見慣れている橘ですら、ドキリとする程の可愛いさだ。
「あー……瀬野さんとは、連絡取り合ってんの?」
「ああ、はい」
成瀬は予期しなかったのだろう、それは嬉しそうに答えた。
「俺も瀬野さんには、デビューの頃世話になったからさ……」
「そうなんですか?」
その嬉しそうな表情に、橘諒はちょっとしたイラダチを覚えた。
マンションの部屋に連れて入ると、何だか気に入った女の子を何処かで拾って、連れ帰って来た様な感覚に陥った。それ程迄に成瀬は、何も知らない純粋な少女の様に見えた。
……最近の女子中高生だって、もっと図太く場慣れしている……
「そんなにオドオドしてないで、中に入んな……」
橘は口ではそう言いながらも、成瀬のその態度に喰い入っている自分に苦笑する。
「……やっ、あの……有名人の橘諒の……その……マンションにお邪魔させて頂いて……その……」
しどろもどろで面白い。
「はっ?瀬野さんとだって同居しただろ?えっ?なに?……そういう事しちゃった?だから緊張してんの?」
橘はそう言いながら自分の声が少し上擦り、かなり頰が引き攣っている事を自覚した。
「えっ?そういう事?」
成瀬は玄関で、靴を脱ぐ事もせずに考え込んでいる。
どうやら橘の洞察力は当たっていて、成瀬はかなり
「……そういう事?」
何度も呟いて、真剣に眉間に皺を作っている。
本当に思い当たらないのだろう。
これが女子高生だったら、カマトトと言う処だが、男子浪人生だから、何て言えばいいのか解らない。
「……そんなに真剣に考えんなよ、いいから上がって」
言ったこっちの方が、恥ずかしくなってしまった。
「あー……だから、有名人の橘さんのお宅にお邪魔するなんて……」
本気でそっちに緊張している。実に初々しい……というか、自分の立場を理解しているのか、そっちの方が不安になる。
「お邪魔じゃなくて、暫く一緒に住むんでしょ?」
「そ、そうなんですけど……なんかリアル?って言うか……」
「はあ?」
「なんて言うか……役の人ではなくて、橘諒さんと同居すると言うか……えっ?なんかよく、解んなくなっちゃった???俊哉さんとはちょっと違うって言うか……」
橘は再び苛立ちワードが登場して、成瀬の手を掴むと中に引っ張った。
「あ?ちょっと待って……」
成瀬はそう言うと、もたもたと靴を脱ぎ始めて、又々橘諒を苛立たせた。
「……とにかく……」
リビングのソファーに腰掛けた成瀬に、橘諒は腕を組んでイライラ感を漂わせながら口にする。
「君は今日からここに住んで、俺と恋をするんだ!」
「……恋?……ですか?」
成瀬は再び眉間に皺を作る。
どうやら、何かを考える時の癖の様だ。
「……そう、君は俺と恋をするわけだから……ドラマの上でね?」
「……はい」
どんどん、成瀬の眉間の皺が深くなっている。
「……ドラマの話は知ってるよね?」
「交通事故に遭った姉が眠って起きる事がない状態となり、両親のいない姉と弟だけの二人姉弟なので、お金の為に愛人契約をするお話しです……」
「そして二人は本気で愛し合うんだよ?……成瀬さぁ……瀬野さんの時はどうした?」
「えっ?」
「……じゃなくて、一緒に住んで……」
「あー……」
成瀬は少し頰を染める。それがまた又々橘を苛立たせる。
「………言わないと、ダメですか?」
「ダメ!」
何故だか解らないが、とにかくイライラしているから意地悪く言う。
「あー……台詞の練習したり……」
それから先の事は、言われなくても想像がついた。
とにかく真っ赤だ。まっかか!!!
「台詞の練習に演技の練習ね?」
「は……い……」
「………で君は、瀬野さんを好きになったわけだ?ガチで?」
「へっ?」
「へっ?じゃねぇよ。だから演技に出たわけでしょ?そーゆー事よね?俺もあのドラマ見たけどさぁ……かなり絡みあるよね……って言っても、ベットシーンは無かったか?ギリだギリ……」
何故か小さく、ガッツポーズを作っている自分に気づいて、橘は苦笑する。
そうだそうだ、瀬野扮する社長が成瀬扮する女子を押し倒し、深くキスして衣服の下に手を差し入れた瞬間、陶酔していた成瀬が我に返り……。否々成瀬ではなく、双子の姉の方の南という設定の弟の東……ややこしい設定だ。
……いや待てよ?ドラマではそういう流れだが、瀬野と二人の時は?練習と称して?
「えっ?????」
自問自答状態の橘が、真顔で成瀬を凝視する。
「お前らそーゆー仲?」
真顔で問われた成瀬は、とうとう顔をしかめて意味を考え込んでしまった。
「……瀬野さんと、ベットシーンの練習した?」
単刀直入に聞かないと、ずっと可愛い過ぎる成瀬の歪んだ表情を見続ける事となる、と察した橘は言った。
「ベットシーンの練習?するわけないじゃないですか?」
慌てる成瀬に、場慣れしている橘は詰め寄る。
「……じゃ、同じベッドで寝てた?それと……」
橘諒は言いかけて、瀬野が何処までのめり込んだか想像がついた。
……つまり彼は、役以上の事はしていない。何故ならそれ以上に進めば、後戻りができなくなるからだ。この純で初々しい魔性に囚われてしまったら、一生囚われの身となってしまうだろう。
橘は今回、ベットシーンがあったか否か思い浮かべた。
……あるなんて、もんじゃない……
何せ人気が出ての、再度の飯森監督作品だ。前作以上に盛り上げるに決まっているし、前作以上の視聴率を取るとなれば過激になるに決まっている。
愛人契約という名の通り、初っ端からそれだ。ベットシーン……。
つまりそれも習わすのか……成瀬に?できる様に?
橘諒は、有り得ない相手の筈の成瀬を見つめて、大きく音を立てて唾を飲み込んだ。
結局成瀬は、この作品で姿を消してはいない。
飯森監督が海外で数本の映画を撮ったからで、そこには成瀬が出演している。
そして飯森監督の名が上がると同様に、成瀬も海外でその名を上げて行った。
そして欧州で新鋭監督の作品に抜擢され、男でありながら女として女王役を演じ、最多の興行収入を果たし、その映画は日本でも上映された。
その年その作品は彼の地で、作品賞と主演男優賞と数限り無い賞を獲得したが、主演女優賞だけは成瀬が男であった為に獲得できなかった。
そんな箔を付けて帰国した成瀬に、橘諒は結婚間際と目されていた、宗方杏との破局を告げ、真剣にお互いの将来を見据えて考え様と詰め寄った。すると成瀬は微かに笑みを浮かべて諒に一つの提案を持ちかけた。
「諒さんが杏さんと結婚して、幸せな家庭を築けたら考えてあげる」
「はっ……お前なに言ってんの?杏とは……」
「諒さんがずっと、僕一人を愛して行くなんて考えられないよ……第一僕も解らないじゃない?だったら諒さんは、普通の幸せを選んで欲しい。杏さんは女優としても女性としても素敵な人だから……」
「……つまりお前?」
「僕はまだ、諒さんとは決められない」
「………瀬野さんをマジで?」
橘諒の顔が歪んだ。
橘は成瀬が、瀬野を好きな事を知っている。
それは成瀬が雑誌のインタビューに答えていたから、ファンなら誰しも知っている事だ……成瀬は瀬野と同じ事を語っている。
あれ以上の撮影期間があったら、ヤバかったかもしれない……と。
だが、公然と成瀬好きを公表した橘の事は、一切成瀬は語る事は無かった。
……どころか、橘諒が詰め寄った後の成瀬のつれなさは、余りにも橘に酷いものだった。
橘諒と宗方杏の結婚は、破局と噂をされながら大々的に公表され、それは華々しく第一線を闊歩する、大物俳優同士の結婚式に恥じぬものだった。
そして成瀬はその披露宴に、海外から祝福のメッセージを画像で送った。
それは成瀬が橘諒との関係を、公的に兄弟の様な関係であると示した事であった。
そんな橘諒と宗方
相変わらず橘諒は、数多くの女性達との話題で週刊誌を賑わし、妻の宗方杏の奇行が取り沙汰され始めた頃だった……。
「橘さん今度中国で、お仕事されるんですよね?」
テレビのインタビューで橘諒は、国中の女性を魅了する笑みを浮かべて
「ええ……頑張ります」
と答えた。
「えっ?諒さん、中国で仕事するんだ?」
ソファーに深く腰掛けた成瀬は、背後に回って上から抱きしめる橘を見上げて聞いた。
「成瀬聞いてないの?」
橘は成瀬に、甘い声で囁き覗き込んでいる。
「あの欧州の、お前の話題作……」
「えっ?若き王と王妃?」
「そうそう……それを俺がやらせて頂きます」
「マジで?知らなかった……」
「……その中国版さ……」
「えっ?なんで?中国には中国の、俳優さんがいっぱいいるのに?」
「監督があの欧州の監督さんで、俺にオファーを頂いた」
「なんで?」
「お前がべた惚れだから、どんな俳優かと思ったってさ……」
「マジで?」
「マジで……」
「そんなに俺の事、惚れてたんだぁ?」
「いやそれは……」
大慌てする成瀬に、橘は甘える様に顔を擦りつけて囁いた。
「その話は、あっちの部屋で聞きたいな……」
「クッ……そうだね……あっちの部屋で、僕がどれだけ諒さんの事好きだったか話してあげるよ……」
少し薄い紅色。
平安時代今流行の色という意味。
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