青鈍色(あおにびいろ)

第5話


高田こうだ君」


「はい。松原さん」


「この状況は、一体どういう状況だろうか?」


「はい?」


バスケ部部長の高田こうだ真守は、生徒会室のあちこちに皮が剥がれて、痛々しい姿を晒すソファに、一学年上の元生徒会長松原葵を、組み敷く形を取って覗き込む様に顔を傾げた。


「どうして君は、そういとも簡単に僕を組み敷くかなぁ?」


葵は苦々しく渋面を作って、真守の腕から身を起こそうと躍起になるが、なんといっても毎年高校バスケで強豪と名を馳せている我がバスケ部の、部長でエースの高田真守である。どんなに足掻いた所で如何様になろう筈はない。

一通り気がすむ迄足掻いてみた葵は、ぐったりと力を抜いて真守を見つめた。


「松原さん」


「……ん?」


葵は争う事を諦めて、組み敷かれたまま真守を見つめて言った。


「どうして僕がこうしているか分かりますか?」


「分からないから聞いているんだろ?」


「……そうですよね?」


真守は少し困惑の色を現す。

だが手の力を抜こうとはしない。



松原葵は、進学校で有名なこの高校でも、学年で一位二位をキープしている秀才だ。

そんな松原葵と、スポーツで入学が許された真守とでは、殆ど接点はない。

今年真守が部長になるまでは……。

古くから進学校で有名な私立校だが、何代目かの校長がスポーツにも力を入れる様になり、スポーツに長けた者を特別枠で入学させる様になった。

真守が生まれるずっと前の事だが……。

進学校としては日本でも名の知れた我が校だったが、長い年月をかけて、スポーツの分野でも名を知らしめる様になったのはそう昔の事ではない。

当然の事の様に真守のバスケ部は、必ずや二大大会には名を連ねる常連校となっている。

……なっているのにどうした事か、今年の大会において我が校バスケ部は、初戦敗退という、思いもよらない憂き目に遭ってしまった。

最後の大会……夏休みの大半を、インターハイに向けて勝ち進む事だけに費やす日々……。

そんな夏休みが、まさかの敗退……それも初戦での敗退であった。

夏休みの間ずっと、三年生と続ける筈の部活が、想像もしていなかった時期の三年生の引退。そして二年生から強豪校と云われるこのバスケ部で、レギュラーの地位を与えられていた真守は、その現実が受け入れられない状況のまま、これからのバスケ部部長として責任を負わされた。

いるべき先輩達のいない部活……。

しかし現実は現実として、受け入れて行かねばならない。

真守は前部長福島一馬と共に、生徒会室で行われる新旧部長会議に出席した。

そこで初めて松原葵を眼前に置いて、そしてその凛々しくも美しいなりと所作に釘付けになった。

共に居た副会長の、ミス学園と評される有島穂乃果よりも、同性の松原葵に……。

その時から、真守の何処かに松原葵が棲みついた。

以前は壇上で語っていようと、壇下で語っていようと、一切の興味とはならなかった葵が、今はその声をマイクに通して聞くだけで、胸が熱くなりきゅんきゅんと締め付ける。

しかし生徒会は新しく変わる。

つまり生徒会長であった松原葵は、生徒会長の任を解かれ後輩に譲る。

どんなに真守が恋い焦がれようが思い詰めようが、松原葵との接点は無くなるのである。

なんと、現実とは過酷なものなのだろう……。


真守は前部長の福島の隣で、現実の厳しさに涙を呑んだ。

……涙を呑んだ……という言葉は、隣で呑気に座っている福島を前にして、到底言えるものでは無い。

代々強豪校の名を欲しいままにしていたバスケ部なのに、初戦敗退という有り得ない現実を目の当たりにして引退を余儀なくされた福島の前で、天を仰いで涙を呑むなど……。

インターハイに出場して成績を残せねば、声をかけてくれる筈の、大学からの声はかからない。

たぶん福島達の代の先輩達には、各自それなりの自己目標があった筈だし、打診又は監督コーチからも、希望校への進路相談もあった筈だが、そんなものは泡の様に消え去ってしまった。

それでも望むものがあるならば、自分の力で掴み取らなくてはならない。

それだけの実力があるといえども、大人になりきれない福島達の心情はかなり辛い物がある事は、我が事の様に知っているくせに、真守は隣に座る福島の事も忘れて絶望感に打ちひしがれている。


「アイツらも忙しくなるからなぁ……」


福島がポツリと言った。

他人事ではなくなっているのは充分知っている。


「……そうっすねー」


これが見納めか……感が半端ない。


「俺らと違って、受ける大学が違うからさー」


「……そうすよね……やっぱ国立……とか?」


「まぁな……。そういやぁ、部長の葵さんと副の穂乃果さん……別れたらしいし」


「はっ?付き合ってたんすか?あの二人?」


「……って、話しだけど?しかし、美男美女だよなぁ……天は二物を与えずというが、そんな事ないな……」


福島は頭を掻いて、なんだか力なく笑った。

それもそのはずだ。あってはならなかった初戦敗退の原因が、有島穂乃果に失恋した自分にあったなどと、口が裂けても言える筈がない。



新しい生徒会長は女子で、真守の同級生で仲がいいから、バスケ部は今年は有利だと部員達は喜んでいる。

だけではない、副部長は真守の幼馴染だ。

これはバスケ部の圧勝だ。何が?ではなくて全てが……。

生徒会が公私混同で動くはずはない……なんていうのは、どこの世界の事だ?

文武両道を謳っているこの高校は、どの運動部も水準が高い。

ゆえに、全国大会に出場する運動部が大半だ。

つまり、インターハイの常連と言ったって、全然特別な扱いはされない。

それでも、いろいろな面で好待遇を望むなら、ツテをかなり駆使して勝ち取らなくてはならないのだ。

そんな厳しい部活動において、仲が良い者が生徒会にいるというのは、かなりの好都合だ。

それもトップに二人も……。

引退した三年生を含めて、今年度のバスケ部は全て勝ち戦的士気が上がっている。

そんな好条件の下、真守は早々に、あり得てはならない公私混同で、幼馴染の森谷に葵を生徒会室に呼び出してもらった。

無論、バスケ部の事について相談……とかいろいろこじつけて、個人的に部長として相談したいとかなんとか言って……。余りにもその場限りな理由だから、二度言えと言われればきっと困ってしまう。

放課後の今日は誰も使う事のない生徒会室、葵が入って来ると同時に真守は葵を組み敷いて、近くにあったソファに押し倒している。

松原葵は組み敷かれたまま真守に、当然の様に聞いた。


高田こうだ君」


その声音はとても落ち着いていて、そして心地よく鼓膜を振動させる。


「はい。松原さん」


真守は至極真顔のまま、葵を見下げて言った。


「この状況は、一体どういう状況だろうか?」


「はい?」


しかし真守はその先を黙った。

言葉が見つからない、というのが本当のところだ。

真守としても、まさか葵が部屋に入って来た瞬間に、自分がソファに組み敷くなどといった強行に及ぶとは思ってもいなかった。

ただ自分の気持ちを伝えたかった。

だが、この状態で告白するのは……。

ちょっと自分の思うシチュエーションとは、違ってしまった。

これはかなり大きなミスを犯した……というやつだろう。

初めの一歩を間違えてしまったから、ずっとずっと考えていた自分なりの告白方法が、できなくなってしまっている事に、動揺と焦りを覚えてしまっているから、葵の質問にも答えられる筈がない。


「…………」


「返事がないのは……この状況は、意図としていた訳ではない様だね?」


真守はその言葉にグッと力を込める。


「頭からこういった状況から入るつもりでいたなら、うにその先の行動に移ってるだろ?穂乃果は直ぐにキスしてきたもんなぁ……」


「穂乃果さんっすか?」


「そうそう。前副会長の……有島穂乃果……アイツ押し倒した瞬間に口付けてたから……ガチでインフル移ったから……二人同時にインフルエンザ、それもあり得ん時期に……秒速で付き合ってる噂流れたから……」


真守の思考が回っている。

眉間に皺を寄せて葵を凝視する。


「付き合ってたんじゃないんすか?」


「付き合う前にインフルだし……まっ、付き合ってる事にしとけば、こうするヤツは減るかと思ったが……」


葵はそういいかけて、押し掴まれている腕の先を器用に動かして鼻を掻く。


「……松原さん、もしかしてこの状況慣れてます?」


「なんで?」


「……なんか、凄ぇ落ち着いてるっていうか……器用に動かしますよねー」


「慣れてる……ってゆーのは、ちょっと違う気がするが、こういった事は何度か経験している」


「まじっすか?」


「うーん?穂乃果以外にも女子にも押し倒されてチュウされるは、男子もそこそこ……」


「…………」


真守は再び思考を巡らせているのだろう、眉間に皺を寄せて抑える手に力を入れた。


高田こうだ君。君ミニバスからバスケやってるよね?」


葵はああいったものの、物凄く慣れているのだろう、別段その姿勢に窮屈も不便の様子もなく、むしろくつろいだ感じで問うてくる。


「あーはい。小学校入学と共にクラブチームに……」


「松原柚ってヤツ覚えてるか?」


「ユズポンっすか?」


思わずのしかかっているのに、更にのしかかる様に言う。


「……あれ、俺の弟な」


「えっ?ユズポンが?弟???」


ユズポン……ユズポン。

皆んながそう言っていたからユズポンで覚えているが、たしか松原柚。

地域に存在った幾つかのミニバスクラブチームの、かなり強いチームにいたヤツだ。

真守がいたクラブチームが、どうやったって決して勝てないチームだった。

その中でも憎らしい程に上手くて、そして選抜選手として一緒のチームになった時に会うと、同じくらいやんちゃで同じくらいの頭の持ち主で、同じくらい面白いヤツだった。

中学も別だったが、よく試合で会うと話しをしたり、どちらかとなく声をかけ合うが、なんせフルネームというよりも、ユズポンとしか認識してないから、葵の弟なんて考えが及ぶ筈もない。


「アイツもこの学校に入りたかったんだが、あいつマジで馬鹿だから、ちょっとの差で推薦落ちてさ」


くくく……と、組み敷かれているのも忘れた様に笑う。


「……俺も対して変わりませんけど……」


「いやぁー君の方が良いだろう?現に此処にいるし」


「ああ……そうっすか……」


なぜか微妙に笑うしかない。


「……で、は、これからどうするつもり?」


葵は少し強い口調で真守を見つめながら聞いた。


「……どうするって……」


葵は物凄く落ち着いている。

組み敷かれたまま、真守が馬乗りになって、葵の腕と肩を抑え付けている格好なのに、別段その行為を気にする様子も見せずに、その綺麗な顔を真守に向けて聞く。

ちょっと口調が強くなった感はあるが、穏やな声音だ。

同性の真守が酔い痴れる程に……。


……どの道、自分の思いは此処までだ……


真守がそう思う。


……同性の自分の気持ちを、受け入れてもらえる筈はなかった……


立て続けにそう自分に言う。


……だから、こういう行動に出てしまったのかもしれない……


そう自分で自分に納得する。


……それでも、そのままにしたくなくて、はっきりと当たって砕けたかった……

……そういう性分だ。ウジウジするのは好きじゃない。どんな風に他人に思われようと、人なら人、バスケならバスケ、ゲームならゲーム……好きなものをあやふやにするのは質じゃない。それが良いか悪いかは、その時々で後悔したり、胸を撫で下ろしたりして成長してきた。親にも直せとは言われてない。どうせ一長一短だと親は言う。その時悪くなった物でも、時が変われば良しとなる……

……そんな風に成長したが、こんな強行に出たのは間違いだ。それだけは、今でも時期を違えても変わらない。やってはいけない事だった……仮令思いを伝えるにしても……。

……まずは穏やかに話しをして、そして自分の気持ちを伝えるべきだった。後悔しても仕方ない。もはや手遅れだ……


真守はただ黙ったまま、葵を組み敷いた手の力を抜いていく。


「へぇ?それがの答え?」


葵は身を起こしながら、真守を嘲る様に見つめて言った。

皺だらけになった制服の下のシャツが、物凄く艶めかしく乱れている。

首元のネクタイも乱れて、ボタンを外して締めていたのだろう、肌蹴る首筋から惹きつける白肌が覗いている。

真守はその姿を一瞬見る事しかできずに、力なく俯いた。



「……………」


瞬時、真守は目眩を起こしたのかと錯覚して、仰向けになって見下げる葵を見つめた。


「松原さん?」


真守は葵に組み敷かれて、葵を凝視した。


「これってどういう状況だろうね?


葵は見下しながらほくそ笑む。


「……それは、俺が松原さんに聞きたい


真守が組み敷かれたまま言う。


「うーん?じゃ、さっき真守君が作った状況はどうしてかな?まずはそこからっしょ?」


仰ぎ見る葵の顔は、そのまま見続けてしまう程に美しい。

思わず見惚れてしまった真守を、葵は顔を少し傾げて、薄っすらと笑みを浮かべて見下している。


「……君ってさぁ……、ヘタレなの?よくそれでこの学校のバスケ部の部長で、エースだよねぇ?」


その言葉にさすがの真守も少しの反応を見せた。

ミニバスからずっと、クラブチームでやって来た。

低学年の頃はともかくとして、中学年からずっとスタメンで活躍してきて、この学校に中学の顧問から推薦をもらった。

さすがに頭は良い方ではないが、バスケでは実績もあれば自負もある。

ヘタレていては試合に勝てない。

幾度となく、勝てないといわれた相手と対峙して、逆転のシュートを決めて来ている。

確かにヘタレと指摘されれば、そうかもしれないが、それは今回この場面においての事だけだ。最初を間違えたから、だからこうなっただけで、玉砕覚悟で告白するつもりでもいたのだ……。

決してヘタって思いを告げられないとか、気持ちを抑えて何も言えないではない。

ただ……葵を好き過ぎて、姿を見ただけで組み敷く強行に出る程のと言うならば、ヘタレだと思うが、この場での葵の言う〝ヘタレ〟は、決して後者に対してではない様に思う。だから、真守は少しだけ反応してしまった。

だが、そんな面倒な説明を葵にするつもりはない。

結局のところ組み敷いた事で、真守は今日鼓舞して思いを告げるつもりの、全てを諦めてしまった。

つまりはヘタってしまっているのだが、もはや真守はそこまでも考えられなくなっている。


「穂乃果でも意思は伝わったぜ」


その言葉を聞いた真守は


「……告白するつもりでした」


反射的に絞り出す様に声にする。


「はっ?」


すると葵は、頓狂な声を発して真守を嘲る。


「こ・く・は・く?……真守君が?僕に?何で?」


「す、好きだからです」


「……なんで?」


「……何でと言っても、好きになったので……」


「いつ?」


「いつ?新旧の部長会議の時に……」


「新旧の……ああ?あの時?随分最近なんだな……それでこれ?」


「お……思わず……体が勝手に動きました」


真守が観念してありのままを言うと、葵は見下したままで見つめる。


……何を考えているのだろう……


と、真守が不安になる程の間、葵は組み敷いたままの格好で考え込んでいる。


「……ふーん?つまりは、僕が好きで?告ろうとしたけど、誤って組み敷いてしまったと?」


すると葵は嘲笑する様に、見下して言った。


「は……い」


「……で?」


「はい?」


「……で?どうするつもり?」


「ど、どうするつもり……も……」


自分の気持ちは伝えた訳だし……。

果たして自分は何をする事を、葵に求められているのだろうか?

真守は予期せぬ状況に追い込まれて思案する。

ミニバスからずっとバスケ漬けの日々を送って来たから、同級生達よりも奥手?というのだろうか?

バスケ以外の事に気がいく事はなかったから、異性に対しての関心が薄い。

人一倍の体力もあるし持続力もあるのに、草食系というのだろうか?

どちらかといえば、仲間たちとワイワイ騒いでいる方が、楽しいし気が楽だ。

〝恋〟しいと思った事は葵しかいないので、どうすればよいか分からない。

大好きなバスケすら手につかぬ程に、頭の中を占領されのは、葵しか無いから分からない。

無限に回せると自負している、人差し指にバスケットボールを乗せて、左手でクルクルと回す動作は、ボールのまた抜き同様に空気を吸う程に慣れた事なのに、何故か葵の顔が浮かぶとできなくなってしまう。

小学校で完璧に取得し、中学では部活仲間の羨望と喝采を得た、その得意の技が葵の顔が脳裏に浮かんだだけで、身体が一瞬にしてリズムを崩してしまう。

決して自らやめない限り、途切れる事がないその安易な動作が、ボールの重心を傾かせ、足にボールを引っ掛け、久し振りに、ボールが我が身と一体では無い事を思い出させた。

そしてその時に自分は、葵に侵食されてしまったと悟った。

日常的に難なくこなせる、バスケットボールを扱う動作で、己の気持ちを納得する真守は、それだけでバスケ以外のものに興味も、そして能も無い事が伺える。

いやいや、恋しい思いをした事がないから、同性の葵にストレートに思いを伝えようとするのだとは、思いも及ばない真守なのだ。

余りに唐突に、自分の中で葵がいっぱいになってしまったので、真守はその思いを温める術も育む時間も持てなかった。

つまり不慣れなので、恐れを知らなくて考えが浅いから、体が無意識に動いて、葵を捕えてしまったというのが真守の正直なところだ。

言い訳にしかならないが、余りにも不慣れで不器用なだけなのだ。


「ふーん?この先は無しかぁ?」


葵はほくそ笑むと、真守の顔を間近で覗き込んだ。

黒目がちな瞳が意地悪く笑っている。

そんな初めて見る葵の表情さえも、真守を惹きつけて息苦しさを与える。


「じゃ……おしまいにしようか?真守君」


葵は息がかかる程に、その綺麗な顔を寄せて聞いたから、当然の様に真守は眼前の、赤く動く形良い唇に釘付けとなった。


「それとも……」


葵は細くて形良い指を、たくましい真守の胸元に這わせていく。


「もう少し遊んでみる?」


そう言いながら、まるで真守を揶揄う様に上着のボタンを外して、ワイシャツの上から真守の体を弄り続ける。


「松……原……さん」


真守は眉間を寄せて、少し苦しげに葵を見つめる。


「厭ならさぁ……突き飛ばすの簡単だろ?」


葵は玩ぶ指を這わし続けながら、微かに笑みを浮かべて言った。


「真守君の力……」


「松原さん」


言葉を遮られ、玩ぶ手首を強く握られて葵は真守を凝視した。


「それ以上されると痛い目にあいますよ」


「はっ?……」


真守の真顔が動いたかと思った瞬間、葵は再び真守の眼下に横たえられた。


「揶揄ったりしないでくださいよ」


「……へぇ?ガチおこ?」


「怒ったりしませんって……」


「……じゃ……?」


「あなたに後悔させます」


「何の?」


「俺を揶揄った事……」


「は……」


葵が一瞬笑みを浮かべた。

嘲りの笑みか?後悔の笑みか?それとも?

真守はそう思いながらグッ、と顔を近づけて唇を押し付けた。

するとあっと言う間に、葵の唇に絡め取られてしまう。

未経験者の真守が、想像だにしなかった程の間、二人は唇を合わせあった。

陶酔する程に唇を吸いあう。

静かに葵が真守の唇を自由にした時には、真守はそれすらも分からない程に放心していた。


「……ギリ合格点をやるよ」


「えっ?」


身を起こしながら葵が言うので、我に返った真守は唖然として見つめる。


「お前、全然気付かないからさぁ……」


「はい?」


「バスケ馬鹿」


葵は少し頰を赤らめて、恨めし気に言うが、それが妙に艶をおびている。


「お前さぁ、子供の頃から可愛かったもんな」


「えっ?松原さん?」


真守は葵の顔を覗き込む様に見入る。


「……だから、柚は俺の弟だからさぁ……よく試合の応援に行ってた訳さ。何度か話したの覚えてないのか?」


「?????」


茫然自失の真守に、葵は呆れる様に見つめる。


「まっ、中学になったらなかなか大会じゃ、柚とも話しできなかったもんな……。あの頃から気に入ってはいたんだ」


横に座る葵は、その黒曜石の瞳をむける。


「ええ?」


「……だからといって、お前が好きとかじゃないけどな」


はにかむその表情が艶かしい。

真守は視線を落として


「……そうすよね」


と情けない声を出す。


「……だからと言って、お前に告られて断るのもなぁ……」


「は?」


「お前が告るのならば……ギリで合格点だから付き合ってやってもいい」


「マジっすか?」


真守は嬉しいより唖然とする。

何が合格点なのだろうか?

いやいや、そんなのどうでもいい。


……とにかく思いは通じた様だ……


そっちの安堵しかない程に、真守は葵の虜になっている。


「……で、真守君これからどうするつもりかなぁ?」


葵は可愛い顔で真守を覗き込んで、さっきと同様に試す様に言う。


「お許しを頂けたんなら、もう一回……」


「ふっ……花丸……」


葵はそう言うと、その綺麗な瞳を閉じて真守を迎え入れる。

今度は熱く熱く互いに唇を合わせながら、真守は葵の華奢な体を抱きしめる。

葵は真守の背に腕を回して躰を密着させた。

その仕草が手馴れていて、真守は何を求められているのか思案する。

思案するが、どうせバスケ以外の事は分からないから、葵のいい様になるしかない事は分かっている。




青鈍あおにび色……………伝統色のいろはより……

薄く墨色がかった青色。

青につるばみ等の、墨系の染料を掛け合わせて鉄で触媒した色。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る