鶸色(ひわいろ)

第3話

父が死んだ。

日本画の第一人者と名を馳せた、父宗像海陽が自宅で死んでいた。

父の絵に魅入られた画商の二階堂さんが、父と連絡が取れないので、持っていた合鍵で家の中に入って、絵を描きながら息絶えている海陽を見つけた。

長年別に住む一人息子の宗像東陽が連絡を受けて、訪問する事も失くなっていた、旧家の家を譲り受けた海陽宅に着くと、救急車が止まり慌ただしく人々が出入りしていた。


「二階堂さん」


「ああ、東陽君……大変なんだ」


「???」


「海陽が……海陽さんが……」


「死んだんでしょ?」


東陽は落ち着きを持って言う。

父と名を持つ宗像海陽とは、もうずっと他人の様に暮らしている。

若き天才画家の才能を信じて、ずっと支援を続けた富豪の娘の母を裏切って、海陽は若い娘に夢中になった為、母は心の病気となったので、実家が無理矢理母と東陽を父の元から引き離し、そのまま離婚させ、東陽は母の実家で祖父母と共に育った。

その為父に対する愛情というものが、東陽には欠如している。

病気に苦しむ母と、父に恨み言しか言わぬ、祖父母に育てられた為かもしれない。


「ああ、そうなんだが……実は……地下に白骨が……」


「白骨?」


「たぶん、美雨ちゃんだと思うんだが……」


「美雨?海陽が溺れた女性ですか?」


「あーああ……君のお母さんと別れてからの、彼の作品は殆どが彼女の絵だが……」


二階堂は歯切れの悪い口ぶりだが、自分一人で抱えるには荷が重いのか


「実は海陽さんは美雨ちゃんを、地下に閉じ込めたりもしたんだ」


「はっ?まさか……」


「あっ、いや……ちゃんとご両親から許しを得て、妻として迎える事はできないが、一生愛すると誓ってね……」


「それで?どうして地下に?」


「美雨ちゃんは少し障害があったから、海陽さんが絵に夢中になっている時は、地下の部屋に鍵をかけてね……彼女が勝手に出歩いて、何処かに行ってしまってはいけないと……それ以外では、それはそれは愛情をかけて面倒を見ていたよ……」


二階堂は無言で怪訝気に見入る、海陽によく似た東陽に目を向けた。


「海陽は僕達美大生の中でも、群を抜いて才能が溢れてた。彼の描く絵は日本画のそれで有り、日本画のそれでは無い様な……独特の美しさで溢れる感覚……当時彼と一緒に絵を描いた者達は、自分の才能が何なのかと考えこまされる程だった。現に彼の才能と自分の才能とを比較して、その道を諦める者は多かった。まあその一人が僕なんだが……。そんなヤツの才能に魅入られたのは、同じ絵を描く者達だけでは無い、君のお母さんは早くから海陽の才能に魅入られてしまった。惜し気もなく金を海陽に注ぎ込んで、海陽を才能以上に早く世に認めさせた。無論ご両親もその才能は高く買っていたから、十二分に金をかけてくれたのかもしれない。海陽が世に知られて名を馳せると、当然の様に二人は結婚した。そして君が生まれて、幸せな時を過ごした。すると海陽の絵が暖かく優しいものとなって、今迄の海陽の作品とは異なってしまった。だが、私はそれはそれで海陽の新境地として、傑作だと思っている。しかし、大半の海陽の作品を愛する者達は、その作品を駄作だと言って扱き下ろした。世間の評価など気にしないのが海陽だったが、君のお母さんは酷くその評価に気を落とした。そんな頃、海陽は近くに住む知的障害を持つ、美雨ちゃんと出逢ってしまう。彼女はまだ十四、五だったが、それ以上に少女の面影を残す、それは美少女だった。海陽はひと目で彼女の虜となって、何時も一緒に歩いていたお母さんにお願いして、何枚も何枚も彼女の絵を描かせてもらい、そしてそれは目を見張る程の美しい少女の絵が、海陽の新作として世に出た時は、海陽を扱き下ろしていた者達の度肝を抜いた。そしてこれこそが、真の海陽の絵だと絶賛した。今でも彼の代表作となったあの絵だ……。その絵が引き金となって、君のお母さんは病気となり、海陽は美雨ちゃんに惹かれていった……」


二階堂は一旦言葉を切って東陽を見た。


「海陽は美雨ちゃんを、溺れる様に愛してた。ただ愛してた。年の離れた美しい少女の様な女性……ひたすら彼女に尽くす毎日……。君と君のお母さんが実家に戻ると、海陽は残酷にも待っていたかの様に、美雨ちゃんを妻としてご両親から頂いた。無論昼間はお母さんが美雨ちゃんの面倒を見てくれたが、さすがに夜は海陽が面倒を見た。それが至福であるが如くに……。そして美雨ちゃんのお母さんが亡くなり、お父さんが再婚されてね……そんな頃に美雨ちゃんが子供を産んだ。子供が子供を育てられる筈が無い……僕は養子に出す様に言ったんだが、海陽は聞く耳を持たなかった」


「……父の子がいるんですか?」


「ああ……その子が栄養失調で……」


「……それで救急車ですか?」


「ああ……病院へ……」


「……地下の白骨は?」


「彼女は子供ができた頃から気鬱が出てね……子供を産むのは無理だったんだ……だが、海陽の愛は異常だった。とにかく彼女には異常だったから、だからあんなに凄い絵が遺せたのだ。彼女が子供を産んでから体調を壊し、寝たり起きたりを繰り返しても、海陽は手元に彼女を置いていた。いくら入院させろと言っても、彼女を手放す事ができずに死なせてしまった……そして、死んで尚も……」


「地下に置いて居たんですね……」


「ずっと……生きているその姿を描き続けて……海陽は決して、彼女が死んだと認めていなかったのかもしれない……あの腐敗した彼女と共寝して、朽ち逝く彼女を見送りながも、尚も彼女の姿を追い求めたのかもしれない……」


一瞬東陽が顔を顰めた。

その顔を二階堂は見入って笑んだ。


「それ程迄の異常な愛だ。だから君もお母さんも、どうか許してやってくれないか?僕はこれから警察に行って、今話した事を話して来るから……君も聞かれる事はあるだろうが、君と海陽との関係は周知の事実だからね、そう深く聞かれないだろうから、悪いが君の弟を頼んでもいいかな?」


「…………」


「君には不本意な弟だろうが、もはや彼には君しかいない……。君がどうしても、と言えば落ち着いたら、僕が引き取っても構わないから……」


「なぜそこまで二階堂さんが?」


「君には分からないだろうけど、僕は海陽のあの愛し方が好きだったんだ……中年の男が悪怯れる様子もなく少女に溺れた……。美雨ちゃんを妻にするには、犯罪という年ではなかったが、二人の関係はそんな風だった……美雨ちゃんは少女その物だったから……手を付けず決して手折らねば、それは崇高な関係だったろうが、海陽はすぐさま手を付け手折る様なヤツだった。そして全身全霊で彼女を愛し尽くした、決して彼女から愛を得る事が無いのに……我が子の様に見返りなど求めずに愛しながら、若い肉体に溺れた……」


東陽は二階堂と話している間に警察官に質問をされたが、二階堂が言った様に通り一遍の質問だけだった。

父の遺体は一旦警察に行き、二階堂も呼ばれて行った。


父がこよなく愛した美少女は、世間の人達も知っている。

宗像海陽の最高傑作として名を馳せたのも彼女の絵だし、幾人もの国内国外の富豪達が好んで、高値を付けるのも彼女の絵だ。

まるで写真のような芸術の様な彼女の絵は、世界中の愛好家を魅了した。

会ってもいないのに、写真ではなく日本画だというのに、彼女の絵はその美しさと可憐さが、幾つもの絵の中で表情を変えて、彼女の真の姿を世間に見せている。それは父の技量だろうか?それとも、天才宗像海陽を虜にした程の、彼女の美貌ゆえだろうか?


東陽は二階堂から聞いた、弟が入院した病院に立ち寄った。

看護師から聞いて病室を覗く。

ベッドに横たわる少年は、色白で少女の様だった。

二階堂から弟と聞いていなかったら、きっと間違えていただろう。

四人部屋の一番奥に横たわる少年は、ただ横になって目を開けているだけだった。

ただその顔が美しい。

美雨という、宗像海陽を狂わせた程の、美貌の持ち主の母親似なのだろう。

一心に天井を見入るその顔が、海陽が描き続けた絵と重なる程に美しい。


「中に入られたら?」


入り口で見入る東陽に、看護師が声をかけた。


「あ、いや……大丈夫そうですか?」


「ああ、大丈夫ですよ。ただ……」


「ただ?」


「ずっとああなんです……ずっと天井を見て、全然動かないんです」


「どこか悪いとか?障害があるとか……」


「それは少しずつ先生が……」


「そうっすよね?よろしくお願いします」


東陽は礼をすると病室を後にした。

年は十五歳……らしい。

父と二階堂の共通の友人の医師が、出産に立ち会い取り上げたらしいが、その医師は死んでこの世にいない。

また父は出生届けを出していなく、名も無くそして戸籍も無い。

なぜ父はそんな非道な事を、愛する彼女との間の子にできたのだろう。

彼も何かしらの障害を持って、産まれたのだろうか?

ならば尚更の事……。


東陽は天井をずっと見続けていた、その美しい顔を忘れられずにいる。

脳裏に焼き付いて、消し去る事ができない。

翌日もその翌日も、東陽は病院に通った。

病室に入り弟のベッドの側の椅子に腰を下ろして、ずっと変わりなく見つめる美しい顔を見入った。まるで飽きる事無く見入った。時間を忘れて見入れる程に、その顔は綺麗だ。

黒い眉毛は書いているわけでは無いのに整っていて、二重の瞳は大きく睫毛が長くて、瞬きをする時に少し重そうに感じる、鼻筋は通っていて唇は少し薄い。

目が大きいのと唇の色が白っぽいのは、余り栄養が行き届いていない所為だ。

次の日に行くと、暫く天井を見続けていたその視線が、不意に東陽の元に落とされて、予期しなかった事で、東陽が慌てる程だった。

だが、慌てる東陽よりも視線を落とした弟の方が、その瞳を見開いて驚きの表情を露わにした。

そして半身を起こすと、怯える様に東陽を見つめた。


「あー、ごめん。俺、宇殿東陽……宗像海陽の子供……君のお兄さんだ」


「…………」


「だから心配しないで……兄さんだから……」


「あーあーあーあー」


弟は声にならない声を出しながら、大きな目に涙をいっぱい溜めて、雛が嘴を精一杯開けるように、口を開けて声を出そうとする。


「宗像さんどうしました?」


看護師が慌ててやって来た。


「急に、急に……」


違う看護師と医師が駆けつけて、安定剤を含んだ薬が点滴の中に注入された様だった。


「まだ、精神的に不安定で……ただ、お兄さんはお父さん似ですかね?」


「あーそう言えば……そう言われてます」


「お父さんが亡くなったのも、まだ判然として無い様で……でも、死んだ事は認識してる様で……お兄さんを見て混乱したんでしょう」


「他には悪いところとか……異常なところとか……」


「いえ、特には……精神的に不安定な事と、話す事ができない様ですが……精神的なものなのかはこれから……あと栄養状態が余り良くないくらいですかね……」


「そうですか……」


「とにかく発見した時の、状況が状況ですからね……」


「ああ……そうすね。よろしくお願いします」


東陽は頭を下げて言った。



父の遺体が戻って来て二階堂も戻って来たので、父の葬儀はしめやかに近親者だけで済ませた。

宗像海陽の死は世間に衝撃を与えたが、それ以上に父の異常なまでの愛の形が、世間の人々……特に奥様方の関心の的となって、暫くテレビで話題になった。

そしてその異常愛を捧げ尽くした美少女の絵は、話題と共に驚く程の高値を付けられて遺作として売られた。



世間の話題と好奇の目が、違う話題に取って代わる頃、腹違いの弟は退院して、東陽が一人で暮らすマンションに、引き取られる事となった。

弟……東陽は呼び名が無くては不便なので、朝陽と名付けて呼んでいる。

最初は怯えていたが、毎日の様に病室に顔を出している内に、少しずつ東陽を認識してきたのか、父海陽とは別人と認識したのか、どうにかこうにか慣れてくれた。

慣れてくると朝陽は、その可愛い笑顔を東陽に向ける様になったが、話す事はできない。

ろうあ者なのか、世間から隔離されて育ったが為に話せ無いのか、精神的な理由で話せないのかまだ分からない。

一体父はどの様な愛情を、愛人美雨と子供の朝陽に向けてきたのだろう……。

そう怪訝に思う程に、朝陽は世間にも社会にも馴染んでいない、どころかその広い世間すら知る事無く生きて来た様だ。

マンションに連れ帰っても、朝陽は誰も居ない部屋の隅に身を屈めてずっと居る。

それこそ東陽が気づいて手を差し伸べてやらねば、ずっと其処で一日でも二日でも過ごす。

できるだけ東陽は仕事をセーブし、朝陽の側に居るようにして明るいリビングに連れて来て、共に食事を取りテレビを見させた。

テレビすら見た事が無いのか、朝陽はテレビの魅力に引き込まれてくれたおかで、リビングのソファーでテレビを見て過ごす時間が増えて来た。

そんな日々を過ごしているある日、二階堂が荷物を持って訪ねて来た。


「朝陽の事は弁護士に任せてるんだけど、とにかく僕の弟にはしたいと思っていますから……」


「お母さんやあちらの方々は、決していい顔をしていないだろう?」


二階堂はリビングに入って、ちょこんとソファーでテレビに夢中になって見入る朝陽を見て、ちょっと笑みをこぼした。


「まぁ……でも、美雨さんが白骨化して発見されたり、朝陽の状況を聞けば恨みなんて失くなりますよ……母もだいぶ良くなってきてましたし、美雨さんの事は衝撃的だった様だけど、なんか吹っ切れた感じ……」


「そうかぁ……ならよかった……」


二階堂はそう言うと、東陽が見入っている荷物に気づいて、テーブルに置いた。


「最後に海陽さんが描いてた絵だ……君に渡しておこうと思って……それと形見となる道具類……暫くはに行くのは厭だろう?」


「……って言うか、俺には緣の無い家だから……いやぁ……俺は絵の方は……宗像海陽のただ一人の息子って言うんで、かなり母や祖父に期待されましたが……結局挫折っすよ」


「その分写真の方で、その才能を発揮してるじゃないか?」


「はぁ……その感覚的な才は、お陰様で父から受け継げた様なんすけどね」


東陽は笑いながら、父が最後迄描いていたという、美雨が傘を差している絵を見つめた。

やはりじっくりと見てみると、絵の中の美雨は少しずつ大人へと変化を遂げている。絵の中の美雨が成長を遂げている様に見える。

あどけない少女の面影を少しずつ捨ていく、その艶やかな表情に父の愛を感じる。

するとテレビに夢中になっていた朝陽が、東陽が手にした絵を取り上げて見入った。

そしてその美しい顔を少し歪めて、二階堂を見つめた。

唐突に二階堂の荷物の中に、多少の絵の具が入っているのを見つけると、絵の具をテーブルの上に押し出して、テーブルの上にあったペットボトルの水を落とした。


「おい!」


東陽がムッとして朝陽の手を掴んだ。

朝陽はそれを振り払って、描きかけの絵を床に置くと、その絵の具を筆で取って続きを塗り始めた。


「……東陽君……」


二階堂は呆然として、父海陽の絵に絵の具を足していく、朝陽を見つめながら言った。


「彼に続きを描かせてて……僕はもう一度行って、海陽さんの絵の道具を全て持って来る……」


「…………」


母が憎み祖父母が憎んだ父……その父の才能を人一倍欲しがったのは、誰あろう母と祖父だった。

だが唯一父の血を引く東陽には、その父の才は受け継がれなかった。

欲しても決して得られない才能……。

その羨む程の才能を、朝陽は父から受け継いでいる。

そして父はずっと朝陽を何処にもやらず、ただ自分の元に置いてその才能を与え続けて来たのか?

俗世間の垢から我が子を遠退けて、その才能だけを磨き続けて来たのか?

朝陽はただ描き続ける……。

大好きになったテレビすらも目に止めずに、ひたすら描き続けている。

飽きる事も知らぬ様に……。


「驚いたよ。海陽さんが描いていたと思っていた物が、殆ど朝陽君の物だった」


二階堂が大量の道具と、描きかけの作品スケッチなどを持って来て言った。


「じゃ……父は?」


「ずっと朝陽君を育ててたんだ……自分の後継者として……君も分かるだろう?たかが十五の子供が描ける作品じゃない。いいかい、これは海陽さんの絵だ……海陽さんは自分の最後迄に、朝陽君を自分の処迄持って来ていたんだ……」


二階堂は茫然自失の、東陽を見つめて言う。


「此処から始めろ……という事さ……」


「…………」


「父親の役目は此処までだから、此処から朝陽の絵を描け……」


「……父は朝陽を俗世間から隔離して育てた?」


「……そうかもしれない……何ものにも影響を与えられず邪魔もされずに、才能を開花させる為に……世間に交われば……」


「決して父を超える事は無い……」


父の愛は異常だ。

天才と呼ばれた宗像海陽は、全てにおいて異常だ。

それは世間に生きる者にとっての異常者だ、だが、父の中の才能だけを生かしていくには、それは異常とは呼ば無いのかもしれない。

だが、それを理解も同調もできぬ東陽だから、父の才能は開花しなかったのかもしれない。


ずっと朝陽は描き続けている。

東陽は朝陽の為にひと部屋を、絵を描く部屋としてあてがった。

ずっとずっと、父の様に母美雨を描き続けていた朝陽が、ある日東陽が食事を取らせる為に部屋を覗くと、東陽の顔を描いていた。

それも見事に東陽そのものの絵……。まるで今にも息遣いが聞こえてきそうな……。


「お前美人画なのかと思った……男も描くんだな?」


東陽が感心して覗き込むと、朝陽は東陽のその唇に手を持っていく。


「!!!」


東陽が焦って身を引いたが、朝陽は東陽の唇に指を這わせて唇の形を確認した。

その仕草が艶かしい。まるで誘われている様だ……。

東陽が我を忘れそうになった瞬間、朝陽は身を翻して筆を持って、東陽の絵に唇を描き足していく。

東陽は父海陽を彷彿とさせる、一心不乱に描くその奇異な姿をただ呆然と見つめる。

目を見張る程の美しい朝陽が、魂を込めて自分を描いていく。

その色の無い細い指を艶めかしく動かして、今し方確認した東陽の唇を……。

まるで朝陽に触れられているかの様な感覚が、東陽の全身に駆け抜ける。

朝陽は一心不乱に集中しながら唇を塗り終えると、満足の笑顔を向けて東陽を振り向いて仰ぎ見た。

特にじかに触れて確認した唇のできばえに、満足感を持ったのか、再び東陽の唇に指を持ってきた。


「お前凄いな……生きてるようだよ……だけど写真と違って、凄く艶かしいのな……俺にはこんな色気無いけど……」


東陽が感心して言うと……否違う……動揺を隠す様に言うと、朝陽は真顔を作って東陽を見入り、そして眉間に少しの皺を作った。

そして自分の描いた絵とを見比べ、再び東陽の顔に指を這わせた。

すると朝陽は、納得する様な表情を浮かべて笑った。


「なに?俺ってお前に触れられると、こんな感じなの?」


東陽は、はにかむように赤面した。


「親父もこんなだったのか……俺にもああいった血が流れてるのか……じゃ、お前は?」


東陽が覗き込む様にして言うと、朝陽はジッと見入ったまま東陽の頬をさすっては、東陽の動揺を楽しむ様にする。


「からかうのはよせよ……こういった事は、親父の血を濃く引いてる。手を出して手折るのは平気だ……第一お前には、兄弟としての感情が無いからな……」


東陽が言っている側から朝陽は、東陽の目に指を持って行った。


「お前マジで……」


朝陽の手首を掴んで睨んだ瞬間、朝陽は笑みを浮かべて東陽を見つめた。

少年の朝陽が何を思ってした事なのか……ただ東陽は朝陽に誘われるように、朝陽を押し倒して唇を重ねた。

そしてそのまま、父海陽と同じ過ちを犯した。

ただ異常な愛……。

手を出して手折る事をしなければ崇高な愛……。

だが東陽は自ら手を出して手折って、そしてその毒にあたって狂うように溺れる……。



宗像朝陽は、兄の東陽の絵を書き続ける。

その絵は艶を帯び息を吐いて、世の女性の心を虜にする。

男の色香を放って魅了する……。




ひわ色……………伝統色のいろはより……

黄みの強い明るい萌黄色。

鶸の羽の色にちなんだ色名。

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