融合と不安


  ノラ・ペインターズ(著)

  徳島ジャネット(訳)


 本書は1989年に執筆された冒険小説。小説家を目指していた著者、ノラ・ペインターズはこの作品を同年、アメリカで公募されていた全ての文学賞に投稿しました。現在では複数の文学賞に同じ作品を投稿することはあまり推奨されない行為とされていますが、著者は自作がどこかで評価してもらえないかと必死だったのです。


 結論から言うと、本作はどの文学賞も受賞できなかったのですが、驚くべき事実も明らかになりました。各文学賞は雑誌媒体で選考の経過を記録していたのですが、本作『融合と不安』はそれら全ての文学賞において「あと一歩で入選」という評価を得ていたのです。本作が投稿された22種類の文学賞、その全てにおいてです!


 『融合と不安』は痒いところに指一本が届かない作品だ。文章力、構成力、ストーリー運び……プラス1パーセントでも優れたものであれば、大賞は難しいにしても、特別賞は検討したのだが(ハロルド・ゲッシュ賞、審査員のコメント)



 『融合と不安』は1手が足りないという印象だ。全体的に無難にまとまっているが、プロとしてやっていくためには、なにか僅かに欠けたものがある。

 (メリーランド州文学賞、審査委員長のコメント)


 『融合と不安』 一言で表現すると「惜しい」作品です。登場人物をもう少し魅力的に描写してくれたのなら、何らかの賞を与えるか、出版にこぎつけるよう推したのですが。(ダリア文学選賞、主催者のコメント)



 決して箸にも棒にもかからない駄作というわけではなく、光るものがあることはどの審査員も認めている。にも関わらず、決定的な何かが足りない。各賞の審査員達は基本的には重複しておらず、選考基準や賞のモットーも異なっているにも関わらず、本作はどの賞でも「あと一歩」と評価されたのです。このような絶妙なバランスの元に成り立っている作品は、文学史上滅多に登場するものではありません。


 各賞の選考コメントを読んだ読者から、「この作品を読んでみたい」という意見が多数寄せられたため、結果的に本書は無冠のまま出版される運びとなりました。ある意味本作は、文学賞を目指す人たちが待ち望んでいた作品でした。あらゆる意味で一手足りない作品として、受賞作を完成させるための教科書のような役割を担ってくれると期待されたからです。


 本作はコンスタントに売り上げを伸ばし続け、2020年現在、類型二百万部が発行されています。

 普通に文学賞を受賞するより多い売り上げを得た著者ですが、このような扱いは不本意だったのか、以降、新作を発表してはいません。




 

(このレビューは妄想に基づくものです)

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