しくじった救世主たち
ルンド・ロンカー(著)
夢沢証(訳)
ミュンヒハウゼン文庫
世にはびこる騒乱・殺戮・大量処刑……いつの時代も争いの種は尽きることなく、万民を脅かし続けています。
こうした悲劇を深く嘆き、人々を救おうと立ち上がった「救世主」はいつの世にも存在しました。発明家、軍人、政治家……肩書きは様々ですが、それぞれ人々を幸福に導くためには「こうすればいい」というビジョンを有し、それに従って活動を続けました。
しかしこういったビジョン、「これを実行すれば皆が救われる」という処方箋は、ときに視野狭窄を招きます。「○○主義さえ世界中に広まったら」「●●人さえこの国からいなくなったら」という歪んだ判断が、人々を救済するどころかさらなる悲劇を招いた例は枚挙に暇がありません。
本書は、このように人々を救うことに失敗した救世主の中でも、とくに極端な原理や発想に取り付かれていた面々を紹介するものです。
・世界中からコーラを消滅させることで、人間の平均知能指数は5割増しになると信じたセルビアの科学者、ソルマエノフ・ホルシュスキー
・人類の7パーセントは太陽系外から飛来した宇宙人の変装した姿であり、彼らとコンタクトを取り、未知の技術を手に入れれば文明は急速に発展を遂げると主張したイギリスの慈善事業家、ワコル・ワークマン
・糞便を栄養価の高い食物に変換できると主張、世界中の食糧危機を解決しようとしたアメリカの工場経営者、ガンビット・ダッハー
・血液型診断の狂信者であり、B型の人間を社会から隔離すれば紛争は根絶されるという趣旨の著書を出版した日本の旧華族、三枝東麻呂
・自分自身が覚醒前の魔王サタンであると言い張り、自分のいる場所へ核爆弾を打ち込んでもらえばこの世の悪は全て消滅すると各核保有国の代表に手紙を送り続けたスイスの水泳チャンピオン、ゲオルグ・ロングデール
等を筆頭に、計六十名の「挫折した救世主」を紹介しています。
本書を読んで気付くことは、彼ら救世主たちが、基本的に私利利欲にとらわれない、純粋で、思いやりに満ちた人々であったという点です。
人一倍、世の中の悲劇や虐げられた人々について思いを馳せ、胸を痛めていたからこそ、「これさえ実行できれば皆が助かる」というトピックに飛び付き、道を誤ってしまうのでしょう。
「世界平和が実現するなら、それは極端な善人の手に成るものではなく、程ほどの悪党が成し遂げるであろう」
かつてアドルフ・ヒトラーの副官であったジグスムント・ライヒナーが嘯いたとされる言葉です。悲しい話ですが、正鵠を射ているのかもしれません。
(このレビューは妄想に基づくものです)
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