石ころ皇帝

 フス・C・マッケンジー(著)

  厳島那加(訳)

  ミュンヒハウゼン文庫


 有史以来、貴金属や宝石の類は富豪や王侯の身を飾る装飾品として愛好され、あるいは投機の対象としても高値が付けられています。

 しかしながら、「貴金属」や「宝石」という言葉に厳密な定義が存在するわけではありません。例えば現在では一円玉にも使われるほどありふれた存在であるアルミニウムですが、ボーキサイトから原料を取り出す技術が確立していなかった百数十年前は、黄金以上に希少な金属として、フランス皇帝の食器に採用されるほど珍重される存在でした。つまり宝石や金属の評価はそれ自身によるものだけではなく、産業の発展段階や社会的な価値観によっても左右されるものなのです。

 

 だったら、何の変哲もない石ころを高額なものに変えることだってできるのではないか?

 本書の著者、フス・C・マッケンジーは思いつきました。彼が貴金属販売業を営んでいたアメリカ・コロラド州のウイングス海岸には、灰黒色の岩石が大量に転がっていました。この石がそこら中に転がっているせいで、サマーシーズンになっても海岸には海水浴客が寄り付かない程で、地元民からは「ウイングス・マゴット」(ウイングスのろくでなし)と蔑まれていた石ころ。この岩石を、広告や権威の力でまるで価値のある宝石のように宣伝できないだろうか――それがマッケンジーの作戦でした。


 最初にマッケンジーは、私費をはたいてコロラド大学の鉱石学の権威をウイングスに招き、「ウイングス・マゴット」の調査を依頼しました。学者というものは基本的に研究費に飢えているものであり、お金をもらって調査を依頼されれば、基本的には応じてくれるものです。調査結果は、他の海岸に転がっている岩石に比べて、ウイングス・マゴットは鉄分の構成比率が若干異なるというありふれた内容でしたが、この話を、マッケンジーは地元の新聞や雑誌記者に依頼して大げさに喧伝させました。「ウイングス・マゴットはコロラド大学の偉い学者先生が調査に訪れる程珍しい石である」と。

 前後して、マッケンジーはトラックを数十台調達して、海岸からウイングス・マゴットを大量に採集しました。記事の内容に興味を持った人々がウイングスを訪れたとき、ウイングス・マゴットを加工した指輪やブレスレットがマッケンジーの店先を飾っていたのです。「ウイングスでしか手に入らない希少な宝石。今ならお安く手に入ります。お土産にどうぞ」の宣伝文句と共に。


 マッケンジーはウイングス・マゴットの販売で、三百五十万ドルの利益を得たと語っています。「私は引き際を間違えることもしなかった。この手のブームは、盛り上がるだけ盛り上がったら潮が引くように消えうせてしまうものだから」そう嘯くマッケンジーは、とうに貴金属店を畳み、現在は主に、「新たな価値観を創出することで利益を得る秘訣」を語る講演業で身を立てているそうです。



(このレビューは妄想に基づくものです)

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