ミラーは死に損ない

アーサー・ドルカーン(著)

薄原称子(訳)

ミュンヒハウゼン文庫


 イギリス・ヨークシャーの紡績工場で長年、工員を務めていたミラーは、50歳の春、突然解雇を通告されます。前年に妻と離婚して精神的に不安定な状態にあったミラーは、職を失うことに大変な絶望を覚え、自殺を決意します。最初に試みたのは工場の屋上からの投身自殺。しかし足を踏み出すことができませんでした。次は列車への飛び込み。これも決心がつかず、ホームをさまようだけで終わりました。三番目は睡眠薬。これも、服薬量を間違えたことから、悪酔いと吐き気に悩まされただけでした。その後もミラーが試みた自殺の回数、ゆうに百二十回。何をどうやっても死ぬことができないミラーの体には、薬物のダメージと、ためらい傷だけが増え続けます。


 作者のアーサー・ドルカーンはリアリズム小説の大家です。本書は自殺防止キャンペーンの一環として、イギリス政府より依頼を受け執筆された作品でした。当初、著者はアーサーが五十回目の自殺に失敗した辺りで、隣人のマーガレットと恋をして立ち直るという展開を構想していたそうです。


 ところがミラーの恋は失恋に終わってしまいます。さらに打ちのめされたミラーは、自殺を繰り返すもののどうしても本懐を遂げることはできません。作者はインタビューで次のように語っています。


 私はどうやら、主人公の設定を絶妙な造形にしすぎたようだ。ミラーは誰に恋をしたところで応じてもらえるような魅力の持ち主ではない。しかしながら、人

生に絶望しても自殺を完遂できるほどの意志も実行力もない。当然、立ち直って社会復帰できるほどの強者でも有り得ないのだ。設定に従う限り、ミラーにはこのまま、自殺未遂を繰り返してもらう他にない。


 そういうわけで、本書は続編、続々編も出版されていますが、ミラーはいまだ自殺に失敗し続けています。続々編の巻末では、五百七十二回目の自殺にしくじりました。作者はいっそのこと、性格設定を捻じ曲げてミラーの自殺を成功させてやろうかとも考えたのですが、


 ここまで来て成功してしまうと、「あのミラーだって自殺できたのだから」と似たような境遇にある読者の大量自殺を発生させてしまうかもしれない。


 という理由で、そういう展開にも出来ずに苦悩しているようです。

 もしかすると自殺に失敗し続けるミラーは、その醜態によって大勢の自殺志願者を思いとどまらせているのかもしれないのです。


 本作はシリーズ類計百万部のベストセラーとなり、収益の一部は自殺者の遺族会等に寄付されています。

 

  


(このレビューは妄想に基づくものです)

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