ラッピング・ボルト



  カタリナ・ハイネン(著)

  木森丹蔵(訳)

  ミュンヒハウゼン新書


  本書は1987年から2015年にかけて、フィンランドの首都ヘルシンキで悪名を轟かせていた怪盗・「ラッピング・ボルト」に関する評伝です。


  この犯罪者の特徴は、盗んだ品物を数日後に返却するという点です。宝石、高級時計、アクセサリー等、主に持ち運びできるサイズの高級品を置き引きの手口で盗み取った後、日を置いて警察に送り届けるという手口を繰り返しています。その際、盗品をプレゼントのような包装紙とリボンで丁寧に包み込んで送付していることから「ラッピング・ボルト」というあだ名で呼ばれるようになりました。

  この怪盗の仕業とされる盗難は、三十年近い活動期間中、千件以上に上ります。結局活動を停止するまで一度も逮捕されておらず、一連の犯行には模倣犯も混ざっているのではとの指摘も成されてはいますが、包装の手際にある種の「癖」が見受けられることから、全て同一犯によるものと考える向きが多数であるようです。


 なお包装のテクニックに関してですが、有名デパートの担当者に鑑定させたところ、「素人の手によるものでないことは間違いない」とのお墨付きが得られたそうです。それどころか包装の世界選手権のようなものが開催された場合、優勝をかっさらうかもしれないほどの繊細で、美しい出来栄えであるとのこと。この証言から警察はデパートやスーパーのカウンタースタッフに的を絞り捜査を重ねましたが、残念ながら現在も怪盗の正体は明らかにされていません。包装紙の販売元から辿る捜査も継続されているようですが、包装紙やリボン自体はどの商店でも手に入る安価なものであるため、捜査範囲は狭められていないとのことです。


 怪盗は何故、一銭の得にもならない(それどころか包装紙のコストがかかるはず)窃盗を千件以上も繰り返していたのか、ヘルシンキ大学社会学部のコーエン・ユスロニスキ教授は、ラッピング・ボルトの心情について、次のように分析しています。


 「ものをつつむ、かざるという行為は、本来、その物品の所有者にしか許されないものである。その不文律を破り、他人の貴重品を好みのままに飾り立てる行為は、『所有権を最小の範囲で侵害する最小の窃盗行為』であるとも解釈できる。ラッピングボルトは貧富の差が拡大する一方の資本社会へ対して、最も穏当な犯罪を起こすことによって叛意を表明しているのだ」


 最もらしい解説にも聞こえますが、肝心の怪盗が沈黙を続けている以上、その真意は不明のままです。




(このレビューは妄想に基づくものです)

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