夜に溶けるまで

  カラドナ・ラドナ(著)

   千川太一(訳)


ミュンヒハウゼン文庫


 本書は2006年にコロンビアで公募された「民衆小説大賞」の大賞受賞作です。

 民衆小説大賞は、「世界一人気のない公募賞」として知られています。

 その理由は、賞の運営母体にありました。当時のコロンビアでは麻薬カルテルが幅をきかせており、一部の上流階層と癒着して政財界にも支配権を及ぼしていました。この賞は、麻薬カルテルの主要メンバーの一人であったコスタロカ・カドミーロがスポンサーとなって発足したものだと言われています。


 いわばダーティーマネーで成り立っている公募賞なのです。後ろ指を差されるような人生を送ってきた人物が、突如、名声を得て文化人の仲間入りをしたいと思い立ち、文化事業の後援を申し出る、という事例は世界中で見受けられるものです。


 公募の直後から、国内外で小説家・評論家を中心に反発が巻き起こりました。曰く・カドミーロは小説家の才能を麻薬の金で買い取ろうとしている、曰く、こんな賞に応募するものは、悪魔に魂を売り渡すのと同様の愚か者に他ならない、と。

 

 これらのキャンペーンの結果、第一回の公募は惨憺たる結果に終わりました。応募総数、僅か五名。さらにその五名に対しても、カドミーロを敵視する市民団体や対抗勢力のマフィアから、応募を取り消さなければ危害を加える、と脅迫が相次いだらしく、結果、四名が辞退しました。

 

 最後まで残ったのが本書の著者、カラドナ・ラドナです。言ってしまえば本書は、小説の出来栄えで受賞した作品ではない、ということになってしまいます。


 本の印刷はすべてカルテル内の工場で行われたと言われています。(一説には、偽札を刷る印刷機を利用したとか)出版直後から、本書は酷評の嵐にさらされました。稚拙にして愚劣、金目当てに公募に応じた作者の品性が伺い知れる――等など。

 

 しかしこれらの評論は作品に対してよりむしろ、バックの麻薬カルテルへの批判が大半を占めていたため、新聞や雑誌を読むだけではどういった内容なのか窺い知れません。さらに本書は仕事に応じる翻訳家がいないため、他国語には翻訳されておらず、加えてコロンビア国内でもこの本を所有することは一種のタブー扱いのため、本書は容易に内容を知ることができない小説となってしまいました。

 コロンビアでは誰もがその書名を知っている、しかし、その内容について語るものはほとんどいない――同書は、そんな存在となっています。


 著者のカラドナ・ラドナの経歴は一切不明。メディアに顔を出した記録は皆無で、本書出版後も沈黙を守り続けています。

 

 




(このレビューは妄想に基づくものです)

 

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