丘陵にて
アーノック・ラグーンヒル(著)
大和田将良(訳)
ミュンヒハウゼン新書
アーノック・ラグーンヒルはアメリカ・ウィスコンシン州在住の作家。
毎年、ノーベル賞の時期が近づくと、「今年の文学賞受賞者は誰か」といういわゆるノーベル文学賞ダービーが話題に上るようになる。近年、挙げられる名前は村上春樹等だが、ラグーンヒルもまた、十数年前までは毎年囁かれる文学賞候補の筆頭だった。
だが現在、彼の名前を挙げる評論家は数少ない。ラグーンヒルは現在も存命であり(四十歳)執筆が途絶えたわけでもない。彼が候補から外れたとされる理由は、数年前に患った脳疾患によるものだ。
現在ラグーンヒルは、自身の著作物を一切認識できない。識字能力は保有している。新聞に眼を通すことはできる。他の作家の作品も問題なく読了できる。だが、彼自身の著作となると、それが雑誌のコラムだろうがペーパーバックだろうが文庫本だろうが、全て脳みそからシャットダウンされてしまうのだ。電子書籍も同様。音声化したものでも聞こえなくなってしまうという。これが神経症的な作用によるものか大脳機能の不全によるものなのか、心理学者も脳神経外科医も匙を投げている有様だという。
要するにラグーンヒルは、自身が著名な作家であることは理解しているものの、過去の自分の作品を振り返ることができない。そのため彼の「最新作」は何度執筆しても同じ内容になってしまう。
それが本書のタイトルになっている『丘陵にて』という作品だ。話の内容は、老作家が丘の上に立てた邸宅で人生を追憶するというもので、わずか十八ページの中に人生の悲哀、喜び、虚無が絶妙なバランスで散りばめられた傑作だ。問題は、ラグーンヒルが脳疾患を患って以来、同作品だけを書き続けているということだ。
本書は繰り返し執筆されている『丘陵にて』のうち十編をまとめたもの。十編の内容はほぼ同じだが、細部の描写には所々差異も見受けられる。その相違点を調べれば文学作品の成り立ちや文章を書くという行為の本質が理解できるかもしれないと注目している評論家も数多くいるものの、研究は進んでいない。
(このレビューは妄想に基づくものです)
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