創界

 熱海湖太郎(著)


  ミュンヒハウゼン文庫

   

  著者は大正末期から昭和初期にかけて活躍した探偵小説作家。戦時中、マラリアにかかり生死の境を彷徨った際の臨死体験の様子を記したのが本書です。

 

 著者は「翼の生えたあの世の案内人らしき人物」に導かれ、地獄界・天上界・創界を巡ります。こうした臨死体験中に死後の世界を観たと言う記録書は有史以来、ある程度の頻度で見受けられるものではあるのですが、この著者の臨死体験で特異な部分は「創界」の存在です。地獄・天国に類した世界については多くの臨死体験者が語っており、本書の記述も似通ったものなのですが、第三の「創界」については他の臨死体験記にはない強烈なオリジナリティーを持っています。


  著者曰く、生前、悪事を働いたものが落ちる先が地獄界。善行を働いたものが昇る先が天上界。

  そして「創界」とは内容の良し悪し・分量を問わず、創作に手を染めていたものが導かれる世界であるとのこと。


  創界に入った人間は、画家なら絵画、小説家なら書物、彫刻家なら彫刻に姿を変え、「神々というか仏様というか、とにかく人間を遥かに超えた素晴らしい方々」の所有物になるそうです。この説明だけ聞くと、なにやら苦行のようにも思われますが、そうではないようです。探偵小説本に姿を変えた著者は、「素晴らしい方々」の一人にページを開かれ鑑賞されたとき、「それまでの人生で感じたことのない快楽」「たとえ一兆年の間苦しみを与えられ続けたとしても、最後の一瞬にこの快楽を与えられたらお釣りが来るほどの随喜」を覚えたそうです。


 快楽の中、著者は悟ります。ああ、これまで創作の苦しみに耐えてきた。一晩中原稿用紙の前で頭を抱えながら、一文字も筆が進まなかった夜もあった。これらの労苦は、この喜びを得るためのささやか極まりない代償だったのだ、と。


 ちなみに著者が案内人に尋ねたところによると、評論家は創界には入れてもらえないそうです。著者は自らの著作を酷評した評論家と訴訟沙汰に発展するほどの大論争を繰り広げており、この臨死体験には著者の願望めいたものが反映しているのかもしれません。

  


 (このレビューは妄想に基づくものです)

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