「なろう」小説から仮想通貨をつくる!


早田財一(著)


バンドノベル社


 「小説家になろう」や当「カクヨム」等を代表格とする小説投稿サイト。

 本書で語られているのは、そういったいわゆる「なろう」系サイトを使ってビットコインのような仮想通貨を作ろうという試みです。


 ものすごく簡単に説明してしまうと、基本的に仮想通貨は「暗号をお金の代わりに使う」という仕組みで成り立っているものです。複製が極めて困難な、世界で一つだけの暗号。その暗号に信頼を置くことで価値が生まれ、株券のように投機対象となり、価格が変動します。


 ビットコインやイーサリアムのような代表的な仮想通貨の場合、ブロックチェーンというシステムが使用されています。ブロックチェーンとは、通貨が移動する度にその情報がデータに追加される仕組みのことです。現実の紙幣で例えるならば、紙幣が他人の手に渡る度に「山田さんが吉田さんに売りました」「吉田さんが田中さんにあげました」というようにサインが加わり、そのサインを見ることで紙幣が偽物でないことが照明される……という具合です。


 しかし仮想通貨を保障するシステムは、ブロックチェーンだけではありません。様々な仮想通貨で暗号を保障するための仕組みが考案、採用されています。要するにハッカーや詐欺師に偽物のデータを作成される心配のないシステムがあれば、それが新しい仮想通貨になるのです。

 

 

 本書の著者は、2010年に開設された小説投稿サイト「バンドノベル」の管理人でした。

 このサイトに投稿された小説の数が二十万を越えた時点で、投稿小説のデータを元に仮想通貨「バンドコイン」を創り出すという計画を表明しました。

 その際出版されたのが本書。本書で語られた「バンドコイン」のシステムは以下の通りです。

 

 たとえば2016年5月1日13時零分の時点で、Aさんが販売元から「バンドコイン」一枚を購入したとします。その時、投稿サイトには二十万二千の小説が投稿されていたとします。

 この二十万二千の小説のテキストデータをまるごと暗号に変換、圧縮したものが「バンドコイン」そのものになるのです。

 投稿サイトでは絶えず新しい作品が投稿されています。小説をアップしてから内容を推敲したり、誤字脱字を訂正する作者もいるでしょうから、13時1分に別の誰かが暗号を購入した場合、このとき作成、販売されたコインは13時零分とは異なるテキストデータから作成されたものになっている可能性が高いのです。しかし誰も文章を訂正しない一瞬も存在しますので、毎分毎秒・絶対にデータが変更されているとも限りません。この「揺らぎ」がハッカーや詐欺師にとっては付け入ることが難しい、不確定要素を作り上げるのです。


 バンドコインの存在が販売業者に認定された暁には、コインから得られる利益は投稿小説の作者たちに還元される計画になっていました。

 しかしながらシステムの構築段階で管理人が急逝、以後、サイトの管理権を巡って親族の間で相続争いが係争中のため、残念ながらバンドコインの立ち上げは宙に浮いたままになってしまいました。


 その後、いくつかの投稿サイトで同種の通貨を作ろうという試みもあったようですが、仮想通貨のセキュリティーを保障する権威ある審査機関より、この方式は「独創的ではあるが、信頼性は低い」と評価されてしまったことから、バンドコインの後継者は絶えてしまいました。

 

 とはいえ、小説・エッセイ・詩文といったいわゆる「書き物」を使ってこれまでとは異なる方向から利益を生み出そうとする試みは、一つの社会実験として記憶に留められて置くべき出来事であったことは間違いないでしょう。

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