殺人鬼の贋作者


 ジョン・マック・バー(著)


 霞由布子 (訳)


 ミュンヒハウゼン新書


 近年、殺人犯が手がけた絵画や彫刻といったアート作品が注目を集めつつある。

 日本でも、「シリアル・キラー展」と題する展覧会が昨年から開催されている。

 作品の中には狂気が芸術の域まで昇華されたと言っても過言ではない輝きを放つ名作もあれば、自己顕示欲をキャンバスに塗りたくったに過ぎない凡作も散らばっていたりと出来栄えは様々だ。そもそも人を殺したという共通点だけで作り出す作品に共通点が生まれるはずもないのだから、結局本人の芸術的な才能と教養次第、という話なのかもしれない。


 とはいえ、出来不出来を問わずシリアルキラーの創作物に惹き付けられる人間が後を絶たないのも確かだ。評者も昨年、大阪港で開催されたシリアル・キラー展に出かけたが、会場への道のりは記録的猛暑で湯だっていたにも関わらず、展覧会は大盛況で、会場内を歩くのにも苦労するほどだった。


 このような風潮の下では、シリアルキラーの創作物販売も経済活動に組み込まれてしまう。

 どの国でも、公共施設の管理に要する費用は頭の痛い問題だ。シリアルキラーに絵を描かせ、その作品を売りさばいて管理費用に充てようという試みがアメリカ各地の刑務所で開始されているのだ。


 本書で紹介されている作品は、コロラド州ウェーバーの刑務所で、シリアルキラーたちが十数年に渡って描き続けた絵画……ということに「なっていた」ものである。


 実情は異なるものだった。この期間、同刑務所で描き上げられた二百数十点の絵画は、殺人犯の作品などではなく、すべて一人の看守が代作したものだった。


 経緯は単純。ようするに、殺人鬼の誰一人として、絵を描こうとしなかったのだ。人道主義と管理主義が徹底されているコロラド州法では、たとえ殺人犯であっても州法に規定されていない作業を強いることはできない。宥め、頼んでいやいや書かせても、素人目に見ても適当な殴り書きが出来上がるだけで、そんなものに高値が付くとは思えない。

 

 この看守はシリアルキラーの絵画を売りさばく計画の立案者だったから、後にはひけなくなった。追い詰められた看守は、自ら絵筆を執ったのだ。



 十数年もの間、彼の「代作」は看破されなかった。それどころかウェーバー産のシリアルキラー・アートは芸術性の高い作品が多いとして概ね好評で、高値もついた。注目されたのがまずかった。


 看守はずぶの素人ではなく、ウェーバー州立大学の社会人向け絵画教室で主席に選ばれるほどの腕前であり、彼の作風がシリアルキラーアートに似通りすぎていると追及を受けたのだ。


 当初、看守は白を切った。自分は殺人犯から絵の描き方に関する助言を求められることも多く、蓄積されたアドバイスが共通の作風を生み出してしまったのだろう、と。しかし犯罪者の親族を装った新聞記者が面会の際に殺人犯達に確認したところ、誰一人として筆を握った覚えがないと証言したため、贋作の事実は決定的なものになってしまった。


 看守は刑務所を解雇されたが、詐欺罪を立件されることはなかった。彼はこの件で利益を得たわけではなく、絵画の収益はすべて刑務所の管理に回されていたからだ。


 詐欺師として捕まればよかったのに、と嘯く人がいる。看守の作品をそれと知らずに購入した顧客の一人だ。彼は殺人犯に限定しないすべての犯罪者が描く絵画のコレクターで、今でも看守の作品を所有している。彼が捕まったなら、少なくとも「詐欺師の絵画」としてコレクションに意味が生まれるのに……と残念がっている。

 

 

(このレビューはすべて妄想に基づいたものです)

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