信心ゼロの僧侶だけど異世界で無双しています
高知院崇伝(著)
(ファンタジーローグ文庫)
本書は、小説投稿サイト「ファンタジーローグ」で年間PV一位を獲得した後、書籍化された作品です。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタといった先駆者が成果を得た後、雨後の筍のように乱立した投稿サイトの一つがファンタジーローグでした。
本書は投稿サイトに人気を博すジャンルの定番とも言える異世界転生・チートものです。
主人公はお寺の三男坊。霊柩車に轢かれて転生した異世界で、お経が魔力の源泉になっていることを知り、丸暗記していた経典を諳んじることで超人的な能力を得て大活躍します。
ここまでなら、よくある転生前の境遇を活かした転生チートもの、で片付けられてしまうかもしれません。風変わりなのはその先です。
いわゆる異世界チート物に対して浴びせられる批判の一つとして、「主人公が努力していない」という話が挙げられます。
たとえ転生前の知識が活用できる世界に生まれ変わったとしても、その知識を異世界に適応させるには工夫が必要なはず。そうした描写がこの手の作品には見受けられない。正確には「努力の描写不足」が問題なのだという批判です。
とはいえこのジャンルに慣れ親しんでいる読者にとっては、退屈な修行描写の類は受けが悪いのも事実。この問題に対応するために、著者の高知院崇伝氏は斜め上の方法を執りました。
文庫本の形式で発売された本書は計545ページ。
その内、120ページから334ページの間、延々と『大舎利経』の経文を書き連ねています。その間、台詞も状況描写もゼロです。
上で説明したように、作中の世界ではお経が魔力の源になっているため、エネルギーをチャージするために主人公がお経を唱えるというシーンなので展開として理には適っているのですが、200ページ以上にわたって続く経文の洪水に、読者は度肝を抜かれてしまいます。
(ちなみに『大舎利経』のテキスト量は文庫本数十冊分に及ぶので、これでも全部ではありません。)
「マニ車」という仏具があります。主にチベット仏教やボン教で使用されるもので、円筒形をしており、両面に経文が記されています。この筒を回転させることで、お経を唱えているのと同じ効果を生むのです。
本作に記されたお経も、同じ効果を期待されたものです。WEBにアップされ、書籍化され、不特定手数の読者の眼に触れることで、お経はマニ車と同じ効用を発揮します。その力は、全て主人公のチート能力に転化されるのです。
理屈を理解していなくても、お経の洪水に読者は圧倒され、200ページ後にパワーアップを遂げた主人公をすんなり受け入れることができます。
ごり押しとも言える力技で転生チート系ものの問題点を解決する、WEB小説随一の奇書というべき作品です。
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