第23話 作戦実行
火車が急発進した。
ボンネットに立たされたオレが一瞬よろめいた。転ばずに済んだのは腰に巻き付いた白暖の蔦のおかげだ。とはいえ、不安定過ぎる
車体が大きく跳ねた。瓦礫を踏み越えたのだ。スピードがスピードだけに、そのバウンド率も高い。オレの足がわずかにボンネットから離れる程だった。
白暖の蔦は横揺れには強いが、縦揺れには弱いらしい。
オレは繊維状に解れた腕を火車の車体に巻き付けて体を固定した。これで少しはましになればいいが。
火車が爆走する。廃墟の中を縦横無尽に爆走する。
ガタガタの路面。崩壊して散らばった瓦礫の山。狭い路地。
火車はそんな悪路をものともしない。いや、江弥華がものともしていない。
車幅ギリギリの狭い路地と猛スピードで走り抜ける。数メートル先の壁が崩れ落ちているが関係ない。火車が加速した勢いのまま瓦礫を乗り上げ、車体が跳ねた。
「そこ右です!」
路地の出口付近で銀が叫ぶ。瞬間、遠心力によって体が強烈に左へ引っ張られた。
当たり前のノーブレーキ。火車が後輪を滑らせながら右折する。しかし廃屋の壁がせまっている。曲がりきれるはずがなかったのだ。
ぶつかる、と身を固くしたとき、火車はさらに急カーブした。
江弥華の運転技術科かと思って、首を回して見ると、廃屋の一つが泥に飲み込まれていた。そこからピンと張った鎖からあの泥は丙二だろうか。
「ぐぅぅぉぉおおおお!!」
と、民綱の力む声が聞こえる。
火車が曲がりきると泥が廃屋から剥がれ人型を形成した。やはり丙二だ。
民綱がそのまま鎖を引き寄せ、丙二が車内に舞い戻ってくる。
「馬鹿な運転しやがる……」
「へっへっへ、スリリング……」
両者が呟いたと同時に、江弥華から前を見ろと叱られた。
お前が言ううなと身内で悪態を吐きながら前を見ると、淡く光る樹木子が見えた。そして周りを固めるモノノケたちも。
「見えてきましたね。まずは一つ目です」
「銀様、膳を」
白暖が言い終わるや、腰に巻き付いた蔦の一本からトウモロコシが生えてきた。
棍棒のように粒が尖った褐色のトウモロコシ。
困惑するオレに白暖が「召し上がってくださいまし」と食べやすい位置まで蔦を持ってくる。
「食え」
江弥華が短く命令した。オレは言われるがまま、そのトウモロコシに齧り付いた。
「ぁあばばばば――!!」
口腔から内は垂れた歯がモノノケたちを蹴散らしていく。運よく歯が当たらなかった水垢嘗めや軽傷の屍鬼が一斉に樹木子に殺到する。自ら肉壁になろうというのだ。
「樹木子ごとハチの巣にしてしまえ」
江弥華の命令に従って、照準を樹木子へ向けた。
都合十六体のモノノケがみるみるその数を減らし、最後に蛇波山だけが残った。
白い体毛を赤く染めた蛇波山が翼を広げた。
飛行するつもりか。そうはさせまいと、狙いを翼に変えて歯を撃ち続けた。羽が舞い散り風穴を空ける。
「コケェー!」
蛇波山の気の抜けるような咆哮を上げ、突貫する。鶏頭を突き出した前傾姿勢。嘴から炎を漏らし、その上に持ってきた尻尾の蛇が牙を剥く。
真正面から迫る蛇波山に江弥華も真っ向から対峙する。
ヤバい。
はやる気持ちとは裏腹に連射していた歯の弾丸が止まった。オレの憑鬼能力が終わったのだ。しかしまだトウモロコシは残っている。
急いで喰らい付こういたとき、突然江弥華がハンドルを切った。
火車がタイヤをスリップさせながら九十度回転する。
「やれ、銀!」
江弥華が叫んだ。
「斬・
青いレーザー光線が、横薙ぎ一閃、切り裂いた。
急停車した火車の横合いに、真っ二つにされた蛇波山が滑り込む。
「貴方には少々過剰でしたね」
銀がすでに絶命した蛇波山を見下ろしながら言った。その右手には『斬』と『水』の二枚の札が握られている。
不覚にもカッコいいと思ってしまった。
しかし銀と民綱が口喧嘩を始め、即座に思い直す。
「ふむ。行けるな」
と、江弥華が呟いた。その目は死んだ蛇波山ではなくもっと遠くを見つめている。樹木子が生えている方向だ。
オレも江弥華の視線を追って見ると、先ほどまで光っていた樹木子が光を失っていた。
守護するモノノケが居なくなったから?
一瞬そう思ったが、オレが樹木子を奪還した時はああはならなかった。
何故だ、と頭に疑問符が浮かんだとき、ゴゴゴ、と前から地響きが鳴り響く。敵の襲撃を警戒して辺りを見渡すと、前方一帯の廃屋がゆっくりと斜めにずれ始め、崩れ落ちた。
オレはその一部始終を呆然と見ていた。何と言っていいか分からない感情が沸々と湧き上がってくる。
スゲー……スゲー……!
「……凄ぇ」
身内でわんわんと鳴り響く歓声とは裏腹に漏れた声はかすれる程小さかった。きっと、さわさわという草花が風に揺れる音でかき消されて誰にも聞こえていないはずだ。
そう思ったが、背後で「ふん」と江弥華が鼻を鳴らした音が聞こえた。聞こえてないと思っていた半面、少々恥ずかしさを覚える。
火車が動き出した。江弥華には珍しくのろのろとした発進だ。火車が切り落とされた樹木子の脇を通り、瓦礫の山の前で停止する。
「これではさすがの私も進めんではないか。銀、次からはもう少し考えてくれ」
「ふっふ、江弥華でも進める道かどうかの判断はつくようですね。安心しました」
「……どういう意味だ?」
「いいえ、特別な意味はありませんが?」
険呑な空気が流れる二人の間に民綱が割り込んだ。
「無駄にかっこつけた銀が悪ぃだろ。とっとと道案内しろ。大人げねえ、馬鹿が。江弥華、お前はとりあえずUターンだ」
銀が乱暴に席に座り、江弥華が荒々しくシフトレバーをバックギアに入れる。
気まずい。何で、この三人はこんなに仲が悪いのだろうか。
ガタガタ揺れるボンネットの上で頭を捻った。
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