第22話 江弥華の作戦
江弥華が御立腹だ。
拠点に戻った我々は、テントに集まり新種と戦った所感を語り合っている。机の上には各々が採取した素材が並んでいる。
「質が悪い」
と江弥華が言う。反論が上がらないところからしてそうなのだろう。
「分かっていたな?」
と江弥華が睨んだのは、自分を駆り出した陰陽師の男だった。
「もちろん」
男は笑みを浮かべてあっさり認めた。
「先に見せたら、新種への興味を失って樹木子を奪還しに行かなかったろう?」
男の独白にテント内の陰陽師たちが笑い、「確かに」と同意する。
オレの主人が完全に問題児扱いだ。
「江弥華……」
江弥華が後ろに控えていたオレを一瞥した。その目は、黙っていろ、と言っている。オレの左サイド並んで立っている白暖や丙二からも同様の注意を受けてしまった。
「ただ弱いのは有難いな」
民綱だ。
「これに苦戦するとは思えませんが?」
と、銀がマウントをとる。あの程度のモノノケに戦線をここまで下げる必要を感じないとまで重ねた。
オレより銀が黙った方が良い。絶対、陰陽師の男の人を怒らせたぞ、とひやひやしながら男の顔色を窺った。
「準一級のお前らはそうじゃねえと不味いだろ」
演技臭く項垂れて、クッと短く声を漏らす。
「こちとら連戦の疲労を抱えた二級連中だぞ」
彼の仲間であろう両脇の陰陽師も同じような冷笑を銀に向ける。
やっぱり銀は敵が多いみたいだ。なんとなく嫌っていたけれど、間違っていなかったようで安心した。
それにな、と男が付け加える。
「忘れてんのか知らねえが、緋猪岩の陰陽寮に近づけば近づくほど、接敵するモノノケが増えんだよ。いくら弱いったって、数は脅威足ろうが」
男がこちらを睨み上げる。ここに残って叩い続けている他の陰陽師たちの分も怒っているのだろう。けれど言ったのは銀だ。オレや白暖、江弥華まで睨まれるのは納得がいかない。
そこへ一羽のツバメがテントの中に入ってきた。連絡用の呪術によるツバメだ。
男が腕を伸ばして、ツバメがその腕へ急降下する。
男が袖に浮かび上がった文字に目を走らせると、眉を吊り上げた。
「明日の夜にはこっち着くそうだ」
「ほう、随分早いですね」
「うむ。どうやら琥玖卵のやつが張り切っているみたいだ」
男が袖の文字をこちらに見せた。
『帑強行により明日夜着 佐天』
この知らせにことさら嬉しそうなのが江弥華だった。
「私に追いつこうと必死なんだな」
「帑琥玖卵というと、一時期江弥華が面倒を見た方でしたね」
「ああ。アイツの性格的に周りの連中にかなり無理させているだろうな」
「一人で突っ走ならないあたり、まだ良識がありそうだな」
「その良識を叩き込んだのは私だがな」
「嘘だな」
「嘘ですね」
民綱と銀が揃ってツッコミを入れた。しかしもう、江弥華の耳には入っていない。
「くっくっく……「負けないから」だったな」
おもむろに江弥華が立ち上がり、オレの鎖を引いた。
なんだろう、嫌な予感がする。
テントの出ようとする江弥華。当然オレも引き摺られていく。
「どこに行く?」
「おい、何をするつもりだ?」
「とりあえずやめなさい、江弥華」
テント内の男たちが口々に言った。
「琥玖卵に私の背中はまだまだ遠いんだぞっていうのを思い知らせるだけだ」
オレは自分の鎖を引っ張り、踏ん張った。端から見たら散歩を嫌がる犬みたいだろう。だが、ここは止めるべきだ、と幼少の頃から集団行動を叩き込まれた自分が叫んでいる。
しかしオレの頑張りも空しく、江弥華は天幕を勢いよく捲り上げて外へ出てしまった。
助けを求めるまでもなく、銀や民綱が引き戻しにやって来る。
「止まれ、馬鹿!」
「具体的に何をするのか言いなさい、江弥華!」
親みたいな二人の言葉など、どこ吹く風、と言わんばかりに歩を進める江弥華。その小さな体のどこにそんな力があるのか、ズンズンと踏ん張るオレを引き摺って行く。
向かった先にはオレ達が乗ってきた火車が停まっている。
江弥華が鎖を振った。オレは身体ごと、ポーン、とボールのように宙を舞って火車のボンネットの上に着地。
「え……? え、え、え? 何すんの? 何すんの、江弥華?」
オレの問いを無視して江弥華が運転席に乗り込む。
死ぬ。江弥華がこのまま運転したら間違いなく死ぬ。
オレは急いで助手席に乗り込もうとしたが、江弥華がそれを阻止いた。
「そこで良い」
と、黄色い丸薬を放った。
悲しいかな、投げられた丸薬は条件反射で食べてしまう。式神の性。
黄色い丸薬は袖通椎茸。噛み砕くと腕が繊維状に解れた。
この肉の糸で体を固定しろって言っているのか?
ああ、涙が出そうだ。
「江弥華ぁ!」
民綱が怒鳴りながら鎖を振るって丙二を投げた。丙二が肉体を泥に変えて火車を飲み込んだ。
良かった。これで火車は発進できない。デスパレード回避だ。
べちょ、と不意に肩に何かが乗った。見れば、泥の手が乗っている。驚いて声を上げると、「おいよ、おい」と泥の中から頭が浮かんだ。
だらしなく緩んだ口元。初めて見る丙二の顔面だった。
ゴミ捨て場が第二のベットです、みたいな吞兵衛顔の丙二がサムズアップする。もちろん、オレの肩に乗せた泥の手で、だ。
「お互い、えらいご主人に当たったなぁ」
貴方も大層なお身体ですね、と出掛かった言葉を飲み込んで愛想笑いを浮かべると、走り込んできた民綱が運転席に肉薄した。
「お前、何するつもりだ!」
怒鳴りながら江弥華を引きずり降ろそうと運転席のドアに手を掛けるが、江弥華は既に鍵をかけている。
「降りろ! この馬鹿が!」
「何故だ。お前たちもこの作戦に組み込まれているんだぞ。分かったら、早く乗れ」
「分かりませんね」
と、銀も追いついた。七三分けの頭髪の割合が変わっていないことから、追いかけるのを民綱に任せて歩いてきたようだ。
「分かりません。ちゃんと説明してください」
「分からんか? 樹木子を片っ端から抜いていくんだ」
「……何故?」
「ここは樹木子による索敵包囲網が敷かれているんだろ? だからその根幹たる樹木子を引っこ抜いて索敵範囲を狭めてやるんだ。そうすれば明日到着する連中は楽に動けるだろ? 奪還作戦も早く進むし、いいことづくめだ」
「……それだけですか?」
江弥華が「いいや」と首を振った。
「一番の目的は琥玖卵の伸びた鼻っ柱を折るためだ。今、アイツは間違いなく調子に乗っている。無理もない。一年半ぶりの進級だからな。調子に乗るなという方が難しい」
江弥華が腕を組んで、うんうん、と頷いている。
「だが、いつまでも調子に乗っていては駄目だ。陰陽師は調子に乗った奴から死んでいくからだ」
過去に何人もそうやって死んでいった陰陽師を見てきたのだろう。
江弥華がグッと拳を握り締めた。
「ここに到着した琥玖卵はすぐにモノノケ狩りを始めるだろう。そしてあまりに楽な討伐にこんなものかと調子に乗って、「何体倒したか」と私に討伐数で勝負を仕掛けてくる。だからそのとき言ってやるのさ」
ビシッと人差し指を民綱に向けた。詰め寄った民綱を琥玖卵に見立てたようだ。そして江弥華がグイッと顎を上げて見栄を切る。
「貴様が狩ったのは残党だ、とな!」
「ほう、そりゃあ、下級の小娘の鼻っ柱も一発だぜ! だっはっはっは――!」
「だろう? はっはっはっは――!」
江弥華と何故かその案を気に入った民綱が呵々と笑い合っている。ちなみに丙二も「へっへっへ」と笑っているが、こっちはいつものことだ。
改めて江弥華の言った作戦だが、多分、火車で各樹木子をめぐり、そこを守護するモノノケを掃討して、樹木子を抜くのだろう。出来なくはないと思う。
モノノケなら、多少の江弥華のサポートがあったとは言え、オレも一応無傷で勝ったわけだし。
銀が一つ確認なのですがと、前置きして問いかける。
「……残党というのは、樹木子の守護から逃げた、もしくは探して彷徨っているモノノケことを指していますよね?」
「ああ、もちろんだが?」
と、江弥華は火車のシフトレバーを弄りながら答えた。
ちょうどその位置は江弥華にとって左斜め下。
嫌な予感がする。考え過ぎだろうか。いや考え過ぎだ。
「早く乗れ」
「役割分担とかあるか? 江弥華の立てた作戦だ。お前が指示しろ」
ぞろぞろ火車に民綱たちが乗り込む。
「運転は私。七大十は歯で屍鬼と水垢嘗めを掃討しろ。民綱と丙二で樹木子を。白暖は七大十に膳を、銀は蛇波山を足止め。琥玖卵たちに残したい。全部殺すな」
各々が了解の声を上げ、白暖がオレに質問を飛ばした。
「七大十君、膳は何ですの?」
「トウモロコシだよ」
「トウモロコシですわね。分かりましたわ」
白暖の蔦がオレの体に巻き付き、火車のボンネットに固定する。
「では行くぞ」
エンジンが始動し、江弥華がアクセルを踏み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます