第20話 新種の奇行
枝をきれいに削ぎ落された樹木子の周りに三張りのテントが立っている。そのテントは前の世界でも見たことがあるパイプテントだった。
砂漠の廃墟に溶け込む砂色の天幕を潜ると、三人の男の陰陽師が椅子に座って待っていた。中央に置かれた机には傷が目立ち、そこに砂が入り込んでいる。きっと廃屋から持ってきたものだろう。
そして陰陽師の後ろに控えている式神のうち男の式神が、江弥華を見て、分からない程度に項垂れる。その一部始終を見たオレが眉を顰めたところで、陰陽師の一人が口を開いた。
「ずいぶんと早かったな、民綱。尻と腰は無事か?」
「獏が入念に道を均してくれたおかげでなんとか無事だったぜ」
二人が「くくっ」と喉を鳴らし合った。
どうも江弥華の運転の荒さは有名らしい。
「……何だ貴様ら、気色悪い」
と、当の本人はご立腹の様子だ。腕を組んで顎が上がっている。ゴーグルでその瞳は見えないが、恐らく自分の運転で笑い合う男どもを睥睨しているに違いない。
「私の運転があったらから予定より二日も早く着けたんだ。感謝しろ、お前らも」
と、オレや銀たちにまで感謝を要求した。
「ありがとうございますわ」
と礼を言ったのは白暖だけだった。
「スリルいっぱいで楽しかったですわ」
「だろう? ふふん、帰りも楽しみにしておけ」
江弥華が白暖の皮肉に気付かず得意げに胸を張ったところで、陰陽師の男が立ち上がって彼の式神を一瞥した。
「これを見てくれ」
男の声に合わせて式神が地図を広げた。
緋猪岩国王都の地図だ。真ん中に大きな建物が描かれている。陰陽寮だ。火車を降りて最初に眼に入った金ぴかの天守閣である。
地図には広場と思しき空白がいくつか散見される。広場は赤い丸で囲まれており、陰陽寮からそこまでの道程を赤い線で引っ張っていた。
「この印は?」
と銀が尋ねた。
「丸が樹木子の位置、線がモノノケの通り道だ」
「通り道、ですか? それはつまりモノノケが決まった経路上を行き来するということでしょうか?」
男の陰陽師が首肯すると、江弥華と民綱が揃って言葉を吐き捨てた。
「糞が」
「ありえん」
江弥華が地図を凝視して自身の顎を撫でる。隣では民綱が頭を掻きむしって陰陽寮がある方向を睨んで舌打ちをした。銀が冷静に男に質問を重ねる。
「いやに統率が取れた動きですね。確認ですが、そのモノノケというのは?」
「新種だ」
「ふーむ……そういう性質があるということでしょうか……」
「さすがにそうだろう」
江弥華が銀の漏らした考察を肯定する。
「徒党を組む縊鬼など、それこそ新種だ」
「ええまあ、そうですが……」
銀が首肯した。
オレには暴論に聞こえたが、そうのなのだろうか。元人間の鬼ならあり得そうな話だ。
オレが小首を傾げると白暖が耳打ちしてきた。
「縊鬼は元々がタンポポの種ですの。だから分類上は妖ですわ」
妖なのにどうして名前に鬼が入っているのか。それは縊鬼を最初に見た者が鬼と勘違いしたからだと、白暖は答えた。人間や動物の足を奪い、より良い土壌を求めて彷徨うタンポポの種子。それこそが縊鬼の本当の姿である、と言った。
「新種のうちのどれですか? やはり
銀の問いに男は首を振った。
「三種ともだ。奴らは屍鬼二十体、
「「「は?」」」
オレを除く五人の声が重なった。
「絶対にか?」と江弥華が問えば「絶対にだ」と男が答える。
「誰が編成してるってんだよ?」と民綱が問えば「さあな、寮の中にいる奴だろ」と答える。
「では、何のために?」と銀が答えると、その質問を待っていたと男が口端を釣り上げた。
「樹木子を取り戻すためだ」
さすがにオレも首を捻った。
モノノケが徒党を組んで奪い返すほどの価値が樹木子にあるとは思えなかったからだ。
「樹木子って鬼素を吸うために植えてる奴だろ? モノノケにとってはない方が良いじゃないの?」
「七大十の言う通りだ」
白暖に向けてこっそり発した言葉を江弥華が拾った。
「モノノケ側に樹木子を奪う利があるとは思えん」
「俺達もそう思って、試しに一本だけくれてやったんだ。するとどうだ。最初から決められてたみたいに、屍鬼どもが無抵抗な水垢嘗めと蛇波山を殺しやがった。そして屍鬼どもはそいつらの血で、樹木子の幹にコイツを書きやがったのさ」
そう言うと、男の式神が地図の上に一枚の紙を広げた。達筆で読めない筆文字が並んでいるが、オレにも分かる文字が一つだけあった。『纏』である。
火車で移動中、江弥華が何枚もその文字が掛かれた札を使っていた。その札から発現する呪術の効果から、きっとバフを意味する。
「……古いな」
「ええ、かなり前の呪言です」
「うえ、家の古文書を思い出したぜ」
オレには違いが分からなかったが、陰陽師の三人からすると古いらしい。試しに白暖や丙二の反応を確認するが、丙二は首を傾げて、白暖は首を振った。
「効果は確認したのですか?」
「ああ。この呪言が完成して術が発動した瞬間、残った屍鬼が遠方の高台から観察していた俺達に向かって、一斉に襲ってきた。最初っからそこにいるのを知っていたみたいにな」
つまりは敵探知の効果が付与されたということだ。
樹木子が鬼素を吸収して代謝し、得た呪素を使っているとすると、樹木子が生きている限りその敵探知レーダーは作動し続ける可能性がある。
「探知できる範囲はどこまでです?」
「樹木子が鬼素汚染を浄化できる範囲とほぼ同じだ」
「つまり王都のほぼ全域が範囲内であると……対処法は?」
「引っこ抜くか、根っこの核を殺すか」
「まあ、それしかありませんね……」
「しっかし、めちゃくちゃ組織的だな。童子の存在をひしひしと感じるぜ」
血が騒ぐと言いたげに歯を見せて笑う民綱の横で、江弥華は自分の左足の爪先を見つめていた。何かを考え込んでいるみたいだ。
「ちなみに、樹木子が死ねばモノノケが奪い返しに来ることはなくなるぞ」
男が最後に付け加えた情報に、民綱と銀が片眉を上げて「ほう」と声を上げた。
「なら、遅れて来る連中のために休める場所でも作ってやるか」
「ですね。可愛い後輩らのために一肌脱ぎましょうか」
そこへ、じっと左斜め下を見ていた江弥華が顔を上げた。
「おい銀。お前、新種は殺すと霧になって消えると言わなかったか?」
「え? あ、そう言えば。どういうことです?」
銀が男に説明を要求する。
「お前らが、稲勢に戻って……いや、ちょうど稲勢に帰り着いたくらいだと思う。その日から急に、新種を倒した時の手応えが変わった。そんで変だなと思ったその日の晩に、斬れば血を流し、死体を残すようになったんだ。それからだ。徒党を――」
「アッハッ! そんなことはどうでもいい!」
江弥華がいきなり男の言葉を遮った。鼻息荒く机に身を乗り出して男に顔を近づける。
「なあ、新種の素材、あるんだろう?」
「あ、ああ……」
男が江弥華の勢いに圧倒され、椅子の上で仰け反る。彼の視線がスッと横にずれた。多分、その視線の先に新種の素材がある。
男の視線を追って、江弥華の首がぐるんと回る。
今にも飛びつかん勢いだ。そんな江弥華に、男がとって魅力的な提案をした。
「せっかく新種だ。最初に目にする素材は自力で手に入れた奴が良いんじゃないか? ちょうどそろそろだ。新種どもが来るぞ、そこの樹木子を奪い返しにな」
その提案を聞くや、オレの胸から鎖が現れた。
「七大十!」
「はい!」
鎖がグイッと引かれる。
オレはつんのめりながら返事をした。
「付いて来い!」
ガバッと勢いよく天幕を捲り上げてテントを出る江弥華。楽しみが抑えられない様子で笑い声が漏れ始めた。
「くくく……かっかっかっかっか……新種の素材……ふふふっ……」
江弥華の左手の指輪とゴーグル、そして心臓のピアスが点滅し始めている。
陰陽師のことはまだ何も知らないが、何かヤバい気がする。
「おいおい、今の江弥華じゃテントまで吹っ飛ばされそうだ。悪いが遠くでやってくれ」
男がそう言った。
「ここから城壁沿いに真っ直ぐ進んで二本目を江弥華。ここと一本目を民綱か銀のどっちかで頼む」
今うちに後続の陰陽師たちのためのスペースを確保したいらしい。
「ああ」
「了解しました」
「応」
どっちが二本目の樹木子に向かうかと民綱と銀が話し合う中、江弥華のマントがごそごそと蠢いた。
「ちょうど、使い時が来たな」
マントから出したその手には煙草とマッチが握られていた。
江弥華がマスクを顎の下へずらして、煙草を咥えてマッチを擦る。ジュボッと耳心地のいい音が耳朶を打った。火が点る。江弥華がその火を、大切に手をかざしながら、口元へ。
江弥華が息を吸い込むと、煙草にオレンジ色の灯が点り、
「ゴホッ!」
咳き込む江弥華の口から煙が飛び出し、オレはそれに齧り付く。
体が黒煙と化した。
「よっしゃ、行くぞ江弥華」
「゛エ? あ、おう」
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