第17話 来客 ―銀と白暖―
その出で立ちから、見た瞬間に陰陽師と式神だと分かった。
まずは陰陽師だが、狩衣にそっくりな服装だ。ただ振袖みたいな、あの邪魔くさい袖をスッキリ切り落として、狩衣風スーツといった感じだ。
髪は銀髪。きっちり七三に分け、崩れないように前髪を象牙のピンで留めている。そして燃えるように紅い石の耳飾り、ネックレス、指輪……と視線を下げていけば、アクセサリーだらけだった。あ、靴も宝石でビカビカだ。
次に三歩後ろに控えている式神へ目を向けた。どことなく気品を感じる佇まいだ。蔦のドレスに花の腰飾りと花の帽子。髪は途中から蔓に変化しており、それがベールのようになって目元を隠している。深窓の令嬢のようだ。目元まで見えたらもっと美人に違いない。
「やあ、初めまして。僕は
……銀? ああ、樹木子の剪定が終わった後にツバメで連絡を寄越した奴か……。
第一印象は、ナルシスト気味のエリート気取り。オレの苦手なタイプだ。
そもそもそこから江弥華を呼べばいいのに、わざわざオレと使う意味が分からない。そこからでも工房で作業している江弥華が見えているはずだ。
「分かりました。すぐ呼びますね」
オレは笑みを作って真後ろの工房にいる江弥華の元へ向かう。
めっちゃくちゃ集中している。これでは声を掛けても聞こえないだろう。
オレはミシンの横に手を伸ばし、机をノックした。
「江弥華、お客さん」
「ん? ああ、有難う」
江弥華がスクッと立ち上がり工房を出る。
「よし、銀か。聞かせろ。まずは新種からだ」
銀の顔を見た瞬間、江弥華が前のめりに訊いた。銀が左手を額に当てふるふると首を振って気障っぽいしぐさを見せる。
「やれやれ、客人にお茶の一つも出さないのですか?」
「ハッ、お前なぞ粗茶すらもったいない」
「ならせめて、客間に通してください」
「長くなりそうだからな。それくらいは良いだろう」
二人が工房の隣にある扉に向かうと、「あの……」と銀の式神が手を上げた。
「わたくしがお茶を入れますわ」
「ああ、有難う、
「へーい」
陰陽師二人に続いて、白暖も客間へ入り、さらにその奥の部屋へ入った。
付いて行くとアンティーク調のキッチンだった。
白暖が年季の入った緑色のホーローヤカンに水を入れて火にかけ、陶器に花の絵が描かれたティーポットに紅茶の茶葉を入れる。
「え、紅茶なの?」
「ええ、銀は紅茶派ですから。あ! そうでしたわ。わたくし、
「あ、どうも。金倉七大十です。転生してまだ二日しか経ってなくて、何も分からない状態なので、色々教えていただけると助かります」
「ええ、もちろん。あ、それと。わたくしは楽なので敬語を使いますが、七大十君も楽は話し方で結構ですからね」
「あ、なら、タメ語で」
コンロからシューとガスの音がする。湯が沸くまでにまだまだ時間が掛かりそうだ。
オレはこれから流れる気まずい時間を覚悟したが、「早速ですが」と白暖が間を埋めてくれるようだ。
「わたくしたち式神は積極的に情報交換を行いますわ。今起きていくことも、そして過去に起こったことも」
一泊置いて、白暖がオレを振り向いた。
「人鬼大戦をご存じでしょうか?」
「人鬼大戦?」
「ええ、三十年前にようやく終わったという、人間対鬼人の戦争です。その始まりは不明。有史以前からずっと続いていたそうです」
「へー。そんなに長い戦争がつい最近終わったんだ……」
その割には戦争の傷跡が少なすぎる気がする……。
「稲勢はこの世界で四本の指に入る大国です。ですが、その割に小さいと思いませんか? 国の中心にある陰陽寮から国を囲む壁まで余裕で歩いていけるんですよ。狭すぎますでしょ?」
「え? でも壁の外にも家がいっぱいあったじゃん。この前緋猪岩難民村にも行ったけど、道中ずっと民家が途切れることはなかったし」
「いいえ、稲勢国は壁で区切られたところだけなんですのよ。七大十君が言っているのはスラムですわ」
その時、ヤカンからピーッと音が鳴った。
白暖が、「あら、もう少し掛かると思ってましたのに」と言って、ヤカンのお湯をポットへ注ぐ。茶葉をジャンピングさせるためにヤカンが徐々に高くなっていく。
抽出の間、白暖が盆とカップとソーサーの場所を教えながら準備し、「行きましょ」と客間へ向かう。
オレは教えられるばかりで何もしていなかったので、せめてと思い、盆を持たせてもらった.。
「そうだ、七大十君。長い長い人鬼大戦がどうして終戦出来たと思います?」
「え、そりゃあ……鬼の大将を討ったから?」
「ふふ、ちょっと正解です。でも一番の要因は、わたくしたち汝牟遅の式神化だそうですよ」
白暖が微笑を浮かべながら正面を向いた。そして「お茶が入りましたわ」と言いながら客前へ入る。
客間は和風と言った趣で、畳張りに大きめの木のテーブルに座布団が四つ。
オレは白暖が手で示したテーブルの上に茶器を乗せた盆を置いた。白暖がニコニコと口元を孤の字にして四つのティーカップに紅茶を注いでいく。
その間、江弥華はずっと左斜め下に視線を送っていた。
「
さっきまで考え込んでいた江弥華がキラキラした瞳で言った。よほど待ちきれなかったのか、テーブルまで叩いて、せっかく入れた紅茶が少し零れた。
「おっと、済まん、白暖。いただく」
と江弥華がカップに口をつける。
「うむ。美味いな。これだぞ、七大十。味を覚えておけ」
言われて、オレも一口飲んでみた。確かに美味い。美味いが、どうやってこの味を出したのか、さっきの一回じゃさっぱりだ。
どうしたもんか、と頭を捻っていると、一口飲んだ銀が口を開いた。
「見せてくれって、何をです?」
「決まっている。その新種の素材だ!」
「ありませんよ」
「はあ!? お前、脳を鬼素にやられたか?」
江弥華が馬鹿を見る目を銀に向ける。売り言葉に買い言葉で、銀が「あ?」と江弥華を睨み返した。
お、いいぞ。銀の化けの皮が剥がれそうだ。もっと捲ってやれ、ぺりぺりっと。
しかし銀は持ち直す。そして続く言葉は江弥華の興味を引いた。
「こっちはですねえ、貴方が喜ぶだろうと新種を狩りまくって、それでも倒した瞬間、霧になって消えるものですから、方々駆け回って、他の陰陽師たちに頭下げたんですよ。新種の素材を回収出来たら分けてくれってねえ」
「何、霧になって消えただと? モノノケがか?」
「ええ、消えましたよ。そして何故か、生き残りが強くなるんです。まるで死んだモノノケの力を引き継いだようにね」
「それに」と、白暖が続いた。
「
……砂漠の国の服装と言えば、ヤスが来ていたような服装か。
「それは、他国からやって来た者たちが鬼化したのではないか?」
江弥華の疑問に銀が「それは考えにくいでしょう」と否定した。
「陰陽師なら分かります。しかし彼らの服装は稲勢で暮らす方々と同じもの。しかも護符も何一つつけておりませんでしたし、なにより数がおかしい。考えてみてください。野次馬根性できた連中が数百も、モノノケに喰わることもなく、鬼化しますか? 緋猪岩はモノノケに飲まれた国ですよ」
江弥華の視線がすっと下がった。
江弥華が考え込んでいる間、オレは白暖に
「ゾンビ映画の世界に入り込んだようでしたわ」
と白暖が言う。そして、
「最初に発見したのは、わたくしたちのずっと後ろを付いて来ていた下級陰陽師たちでしたわ。しかしわたくしたちが通ったときには、そのようなモノノケは居なかった……。そしてもう一点、気になることがございますの」
言って、白暖が銀の方へ顔を向ける。
銀が一つ頷いて、白暖の言葉を引き継いだ。
「王都の中央、緋猪岩の陰陽寮に近づくにつれて、新種のモノノケの襲撃が倍々に増えていきました。まるで陰陽寮に行かれるの拒むように、正面から新種のモノノケだけが現れるのです」
それを聞いた江弥華が小さく笑った。
「まさか、
江弥華が銀に同意を求めるように、冷笑を向けた。しかし、銀は真面目なトーンでそれの可能性を肯定する。
「ある、と僕も民綱も考えています。でないと説明がつかない」
それから客間がしんと静まり返った。
どうやら三人の間では、重大な問題だと認識を共有できたようだが、オレは置いていかれている。
なので、先輩に質問だ。
「なあ、羅城門って?」
「人鬼大戦時代に人間側を苦しめた、呪術の一つだそうですわ。なんでも戦争を引き起こした七人童子が一人、茨木童子が使ったという、モノノケを召喚し続ける門のことですわ」
「……マジかよ」
破壊されるまで敵を吐き出し続ける門。もはやチートだ。
そして客間が静まり返った。
最初に口火を切ったのは、江弥華だ。
「……おい、私は陰陽試験の正誤問題で『茨木童子は逃げおおせた』という文言に自信満々に『誤り、茨木童子は討たれた』と書いたぞ」
「ふっ、僕も、茨木童子の最期を問われて、自身満々に『右腕を失い、力を削がれてあっさり討たれた』と書きました」
そして二人は小さく笑い合い、黙った、かに思われたが、江弥華が再び口を開いた。
「待てよ。考えようによっては、茨木童子の素材が手に入るかもしれないのか……」
と。そして。
「ちょうど、丈長の外套が欲しいと思っていたんだ……」
江弥華が左下を見ながら呟いて、微笑む。
きっと完成した外套を羽織った自分を夢想したのだろう。
思わず見惚れそうになるほどの笑みだが、発言の衝撃が勝って引いてしまう。
銀や白暖も同じような顔だった。オレ達は三人、互いの顔を見合って、頷いた。
江弥華に対する認識を共有した時、窓を透過してツバメが飛来した。呪術で生み出されたあのツバメだ。
江弥華と銀が腕を上げる。
『緋猪岩進行 三日後出立 寮』
二人がその文言に目を通して話し出す。
「茨木はいるだろうか?」
「どうでしょうね。羅城門は設置型の呪術のようですから、もういないんじゃないですか?」
「なら、私は緋猪岩に魅力を感じないな。新種の素材が手に入らないのなら行ってもつまらん。それよりも護符制作の仕事を片付けたいのだがな」
「馬鹿言わんでください。貴方の殲滅力はこの作戦の要なんですから」
「……はあ、分かっている。言ってみただけだ」
そして、この場はお開きとなった。
オレは銀と白暖を門の前まで見送って、戻ると江弥華はすでに工房に籠って仕事を進めている。
オレはその作業音を聞きながら、二日間、カウンターに座って店番を続けることになった。
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