第16話 来客 —大悟郎一派―

「邪魔するぜぇ」

 大悟郎が店に入ってきた。その後ろには喜助と充悟、そしてもう一人の男が牛鬼の鎌足や角を抱えている。

 その男の恰好は砂漠で暮らす者の恰好だった。

 頭には藍染の布。その上から毘沙門亀甲柄のバンダナを巻き、全身を一枚の貫頭衣で覆っている。その貫頭衣も藍染され、近くで見ると鮫小紋の紋様が浮いていた。

 その男の後ろからかん太がひょっこりと顔を出した。

「よう、兄ちゃん。オイラの剣と護符の材料持ってきたぞ」

 いい笑顔で持っていた麻袋の口を開き、中に入っていた牛鬼の眼球を掲げで見せた。

 オレは苦笑いを浮かべて、かん太にそれを袋に戻すようお願いして、大悟郎一行を店の中へ案内する。

 体の大きい大悟郎が肩や首をすぼめて、潜り込むように店に入った。

「どこに運べばいい?」

 大悟郎が後ろ差して聞くと、江弥華が「蔵へ」と答えた。

 そこへかん太が割って入った。

「何でー、すぐ作ってくれるんじゃないのかよ」

 と、ふくれっ面のかん太に江弥華が申し訳なさそうに微笑む。

「済まんな。かん太より先に依頼された仕事があるんだ」

「オイラのはそんじょそからの依頼とは違うやい! 七大十の代金代わりだったろう! その額五十両! 五十両だよ? すぐにやらねえってのは、江弥華お姉ちゃん、泥棒と一緒じゃないのかい?」

 かん太はまるで落語家のように表情を二転三転させて早口で捲し立てた。

 泥棒とまで言われた江弥華が困った顔をする。

 見かねた大悟郎が口を開きかけた、その時だ。

「ガキが黙ってろ」

 と。男の低い声。決して大きくはないのに、やたらと店内に響いた。

 それは喜助でも充悟でもない、もう一人の男だった。

「……依頼主は親方だろうが。手前が何か言う資格はねえ。それに江弥華姐さんを泥棒だと? 黙って聞いてりゃ、このクソガキ……」

 言ってるうちに、男はだんだんとヒートアップしてきたらしい。最後にはかん太を蹴り倒さん勢いで凄んでいる。

「落ち着け、ヤス」

 と、大悟郎が左手を上げてヤスと呼ばれた貫頭衣の男を制した。

 あれがヤスか、とオレはその男をまじまじと見た。

 オレが江弥華と式神契約を交わしたあの日の夜、喜助や充悟、かん太すら働いている中で一人だけ、酒を飲みに行っていた男だ。

 もっとこう、飲んだくれの駄目人間だと思っていたが、意外にも厳しそうな男だ。いや他人に厳しく自分にはとことん甘い人間なのかもしれない。

「江弥華、蔵へ案内してくれ」

「分かった。一旦、全員店を出てくれ。七大十、お前もだ」

 そう言って全員が庭に出た。

 江弥華が先導する。オレも場所を覚える必要があるらしく付いて行った。

 蔵は玄関前の庭に出て、店の脇を通った先にあった。

 二階建てに白い壁の立派な土蔵だ。

 壁には注連縄が巻かれ、紙垂には『隔』と書かれた札が使われている。札は今も効力を発揮しているのか青白く輝いていた。そして同様の光を放つ物がある。注連縄を壁に打ち付けている釘だ。恐らくあの釘から札へ呪素を供給しているのだろう。

 江弥華が懐から鍵と一緒にマスクを取り出して装着する。

「中に」

 と、鍵を開けて大悟郎たちを土蔵の中へ入れた。

 土蔵の中には様々な素材で埋め尽くされていた。ぱっと見、角が多い気がする。次に爪や牙。床には蓋をした甕や壺がずらりと並んでいる。中見はきっとモノノケの目や内臓だろう。

 牛鬼の目玉を壺へ運んだかん太に江弥華が声を掛けた。

「私は泥棒になるつもりはない。必ず良いモノをお前に作ってやる。墨廼の名に懸けてな」

 オレには、その言葉が子供を諭すというよりも、一人の職人として己の矜持を正しているように聞こえた。

「……でも、早く作ってね。出来れば剣から。もう皆に自慢しちゃったんだ。あの墨廼江弥華お姉ちゃんに牛鬼の剣を作ってもらってるんだって。このままじゃ、皆から嘘吐き呼ばわりされちまうよ」

 江弥華の言葉はかん太には響かなかったようだ。かん太にとっては質より早さが重要だったらしい。

 これには江弥華も苦笑いだった。対して、二人の会話を聞いていた、喜助、充悟、そしてヤスの顔がヤバい。特にヤス、コイツの目には怒りを通り越して殺気が篭っていた。

 しかし誰も怒鳴らない。それがかえって怖かった。

「ああ……善処する」

 江弥華は作り笑いを浮かべて何とかその言葉を絞り出した。

 その言葉を肯定的に捉えたかん太がウキウキで牛鬼の眼球を壺に入れていき、男衆三人は作業しながら、かん太の顔面を今にも殴り飛ばさん勢いで殺気を放っている。

 地獄のような空気が蔵の中に充満していた。

「終わったから俺達は帰るぜ。護符制作頼むわ。江弥華、いい仕事を期待してる」

 大悟郎は真っ直ぐ江弥華の目を見て言い、それからニカッと歯を見せて笑った。

 江弥華も、小さく笑い返す。

「……必ず」

 オレは帰っていく大悟郎一派を見送った。

 逃げられないよう、左右と背後を男衆三人に抑えられたかん太が、暢気に頭の後ろに手を組んで歩いている。

 オレは、どこまでも空気が読めない奴だ、と感心しながら心の中で手を合わせた。

 大悟郎一派の背中が見えなくなって、オレは店に戻った。

 玄関を潜ると、カタカタという音と、ぐわんぐわんという車輪が回るような音が聞こえた。

 カウンターの奥からだった。確かあそこには工房があるはず。

 さっそく護符制作の仕事を始めたのだろうか。

 オレはこっそりと工房の中を覗くと、江弥華が足踏みミシンで革を縫っていた。出来かけの形を見るに財布のようだ。

 日常使いするものもモノノケの素材で作れば護符になるのだろう。

 オレは護符の奥深さに感心しながら、作業する江弥華の手元を見ていた。迷いなく、そして流れるように止めどなく動き続けている。

 作業する職人の手というのはどうしてこうも面白いのだろう。

 前世でも、夜中に職人や料理人がひたすら何かを作っている動画を漁って、気付いたら朝だったことが何度かあったなあ、と思い出していると、店の入り口からドアベルが鳴った。

 振り返ると、客だ。

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