第15話 江弥華護符店
「あら、陰陽師のお嬢ちゃん! ご帰還かい? 久々に甘~い団子、食べてかない?」
火車から降りたオレ達が北門を潜ってすぐ、江弥華は近くの甘味処からそんな言葉を投げ掛けられた。
美味いのだろうか、その店はやたら繁盛している。
しかも客のほとんどが陰陽師とその式神だった。
「いや結構」
と、江弥華は店に一瞥もくれず、鎖を引っ張りって素通りする。
繁盛しているのはその店だけではなかった。
北門から陰陽寮までの一本道にあるすべての店から客が溢れている。
特に飲食店が多い。客も陰陽師と彼らの式神ばかりだった。
十代前半の陰陽師たちが甘味や肉料理に顔を蕩けさせている。
「若い奴ばっかりだな。ほとんど子供じゃないか」
「彼らは素材回収と荷物運び要員として緋猪岩に派遣された下級陰陽師たちだ。中級と上級は寮の聞き取り調査を受けているはずだ」
陰陽寮の扉を潜ると、その言葉通り、多数のベテラン陰陽師たちが寮内に設けられた卓を囲んでいた。彼らは式神も一緒に寮の職員と何やら話し込んでいる。
「……ヒヒッ、よく会うわね」
突然、耳元でそう囁かれ、オレは変な声を上げて飛び退った。
その後ろに、頭が三角に尖がっている
彼が片手を上げて挨拶をくれる。
「いや~、初依頼達成、おめでとう」
「ああ……ありがとう」
オレの視線が勝手に和彦の頭へ吸い寄せられる。
「そっちもなんか依頼だった?」
と、その視線を抑えながらオレは適当な話題を繰り出した。
「いや、急にキャンセルになってさ。そんで次は緋猪岩に行けって。で、これから詳しい依頼内容と寮に組まされたパーティメンバーとの打ち合わせなんだけど……」
和彦が寮内の人で埋まった卓を見渡した。
「ヒッヒヒッ……三十分待ちぼうけよ……」
亜子が口を開いた。声量に自信がないのか、やたらとオレの耳元に顔を近づけてくる。
不気味だ。
「へー、大変すね。じゃあ、オレは江弥華が待ってるんで」
「いや、全然待ってないっぽいよ」
和彦が顎で示した先に目を向ける。
む、確かに。
江弥華は和彦と亜子のご主人様である
「ヒヒッ、残念」
全然残念じゃないが? と口には出さず、オレは亜子を一瞥した。
「俺らも混ざろう。こういうのは積極的に聞きに行くんだ。じゃないと何も分からないまま戦うことになるからね。それに異世界トークだよ。ワクワクするでしょ」
「ああ、確かに」
「……ヒッ、最初だけよ。……それにあそこ……空いたわ」
陰陽師組の会話に混ざろうとしたオレ達を亜子が引き留めた。
亜子の指差す方向に目を向けると、今まさに席が空こうとしている所だった。
話し込んでいた陰陽師たちが解放感に満ちた顔で寮の外へ出ていく。
そこへ別の職員がその席に向かい、佐天と渾蔵の名と、もう一人の名前を呼んだ。
「準2級、
その風変わりな名前にオレはどんな人物なのか興味が湧いた。和彦も同じように感じたのか「おっ」と声を漏らした。和彦だけではない。疲労感が充満した寮内の空気が一瞬ふわっと軽くなった。
寮内の特に男性の式神がその名の人物を探して首を振る。
「ヒヒッ……あそこよ」
亜子の指差す先に中学生くらいの少女を伴った褐色肌の美少女がいた。
その美少女は、龍の刺繡が施された
帑琥玖卵というその褐色美少女は、何故か大回りして席に向かっていた。
江弥華を睨みつけ、徐々にその距離を短くしていく。
対する江弥華はまるで可愛い妹を見るような優しい目だ。
「ついに隊に編成されるようになったか」
「フン、負けないから」
交差する間際、二人はそんな短い言葉を交わした。
「え、なんか江弥華嫌われてない?」
心配なって和彦を振り仰いだ。
「いや、ヌーちゃんが一方的にライバル視してるんだよ。お互い最年少記録持ちだからね。ヌーちゃんが陰陽師試験の最年少合格者。江弥華さんは最年少準一級陰陽師。ヌーちゃんからしてみれば、五年も後輩の江弥華さんにたった一年で先を越されたんだ。そりゃ悔しいよ」
「へー。やっぱ江弥華スゲーな。ところであの二人は何歳差?」
「三歳差。ヌーちゃんが三つ下」
「ヒッ……どうだっていいわ……ヒヒッ……行きましょ、和彦」
「ああ、オッケー。それじゃあね、七大十」
「おう、いろいろ教えてくれてありがとう」
オレは二人が佐天と渾蔵の後を追って去っていくのを見送って、江弥華の元へ。
江弥華はこちらを一瞥して、寮のカウンターへ向かった。
「おかえりなさいませ、江弥華様」
「剪定を終えてきた。素材の回収依頼を頼む」
「かしこまりました。陰陽師の指名はございますか?」
「ない」
「了解しました。それでは素材の回収をもって依頼達成の確認といたします。確認でき次第、報酬を振り込みいたします」
「頼む。それで、緋猪岩の件についてどのくらい分かっている?」
「申し訳ございません。現在聞き取りを行っている段階で、詳しい情報をお渡しすることが出来ません」
「そうか。ならすぐに出発はなさそうだな。いつ頃になりそうか?」
「五日以内には、と考えております」
「五日か……。有難う」
江弥華が踵を返し、オレはその後ろに続いて陰陽寮を後にした。
陽が直上から照り付けるお昼時。
飯屋から良いを漂わせて客を誘い込んでいる。居酒屋も満席だ。杯を傾けているのは専ら陰陽師とその式神たちだ。
そして、オレの前を歩く江弥華がやたらと視線を集めている。
特に男の式神から。
そしてあからさまに肩を落としやがる。オレのご主人様に何の不満があるというのだ。
しかしそんな視線も繁華街を抜ける頃にはなくなった。
徐々に周りの家屋の雰囲気が変わってくる。
和洋折衷というのだろうか、白の漆喰の壁や青緑系の瓦を乗せた家が増えてきている。
この辺は高級住宅街なのだ。
その一角に居を構える、江弥華の店舗兼住居が見えてきた。『江弥華護符店』だ。
長方形の細長の土地を白い壁が取り囲み、通りに面して門を構えている。門の屋根には水色の瓦を敷き詰めて、白木の柱がそれを支える。
門を潜ると庭だ。砂利を敷いた庭にはイヌツゲの生垣や小さな灯篭、白い鉄製のベンチが置かれている。
両開きの扉の先が店舗だ。正面にカウンター、棚や机には見本用に置いているという据え置き用の護符が並べられている。もちろん材料はモノノケの素材だ。
江弥華は陰陽師であり護符を作る職人でもあった。自ら素材を取りに行く武闘派職人である。
材料から選りすぐり、丁寧に作り込まれたその護符は、あらゆる鬼素の侵入を許さない。
それどころか、すでに体内に入っていた鬼素すらも吸い取るとまで言われている。
。。。☆。。。☆。。。☆。。。☆。。。☆。。。☆。。。☆。。。
「私の命に関わるからな」
初めて、江弥華から、私は護符職人だ、と聞いた日のことだ。
オレが凄いと感心すると、江弥華が自嘲気味にそう言った。
「私の髪は青紫だろう。この髪色を持つ人間は総じて鬼素に弱いんだ」
紫系統の髪は陰陽師の才能を表しているという。
赤紫の髪色を持つ者は鬼素への耐性が高い。その代わり呪素を呪術に転換する能力が低い。つまり同じ呪術を行使するとき、常人より多量の呪素を必要とする。
反対に江弥華のような青紫の髪色を持つ者は呪素の転換効率が高い。つまり少量の呪素で呪術を行使できる。その代わり鬼素への耐性が低いため、鬼化の進行が人より早い。
……のだとか。
かつて、転生者を式神として使役する技術が無かった頃の昔の話。
赤紫の陰陽師が前衛の壁として鬼素を取り込み己の体を変化させ、青紫の陰陽師が後衛の砲台として鬼素を取り込み呪術を放っていたそうだ。
両者とも国が抱えるほどにその力は魅力的だったそうだ。
ただその扱いは兵器としてのものだったという。
しかも母体と胎児に鬼素に曝せば、紫髪を高確率で誕生させられるために替えが利く。
貧困から抜け出すための手段としても用いられ、もはや消耗品同然であったそうだ。
「私は運が良かった。生まれる時代と生まれる場所に恵まれた」
江弥華の実家、墨廼家は元来護符制作を生業としている名家であるという。幼少の頃からその技術の粋を骨の髄まで叩き込まれたそうだ。さらに江弥華は己の短命さから必死に研鑽を重ね、その才能を開花させた。
そして稀代の天才と謳われ、父は家督を継がせようと画策した。しかし。
「そんなもの、煩わしくて敵わんだろう?」
と。
このように、江弥華は両親の懇願を突っぱねて家を飛び出した。
「もちろん感謝はしている。けれど嫌だったんだ。末っ子の私が家を継ぐことで兄妹仲が悪くなるのが耐えられなかった。それに――」
と話を聞いていたオレに江弥華がほんのわずかな笑みを向けた。
「私は作ってみたいんだ。
そして江弥華が笑みを深めた。
「お前には期待している」
。。。☆。。。☆。。。☆。。。☆。。。☆。。。☆。。。☆。。。
「これを門の外に立て掛けておいてくれ」
江弥華が玄関わきに置いてあった立て看板を渡してきた。『商い中』と書いてある。
「あいよ」
オレはその看板を持って門を出ると、丁度誰かがこっちに来ていた。
牛鬼の爪やら角やらを担いだ、
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