第14話 初依頼、達成

 五本目の樹木子が残った最後の枝を振り回す。

 江弥華がその枝の付け根元へ向けて褐色の丸薬を投げた。トウモロコシの丸薬だ。

 丸薬が直線の軌跡を描く。オレは体を黒煙に変えてそれを追う。


 樹木子の攻撃を掻い潜って煙の体が丸薬を飲み込んだ。

 黒煙の内側から乳白色の散弾が炸裂する。弾丸となった歯が射出され、樹木子の枝を吹き飛ばした。


 枝を失った樹木子がしんと動きを止めた。

 これにより『緋猪岩難民村の一番から五番までの樹木子の剪定』が終わった。依頼達成だ。


 江弥華が鎖を引いて引き寄せた。オレは江弥華の真横に着地して開口一番、「枝ギリギリに投げるの止めれ」と文句を言った。


 体が黒煙になっている間は、どんな痛みを感じなかった。しかしめちゃくちゃ怖いのだ。

 例えるなら、野球選手の剛速球をフェンス越しに真正面から見ているようなものだ。当たらないと分かっていても、絶対に目を瞑って顔を背けるだろう。


 しかも、樹木子を相手にしている間、江弥華の無茶な実験に付き合わされた。

 ただ、そのおかげで四つ同時に丸薬を食べても、それぞれの丸薬の通りに肉体が変化し、能力を発揮できることが分かった。


 分かった時は「オレ凄え!」と喜んだが、膳を複数持つ式神なら普通らしい。むしろ併用して使うそう。

 しかしオレには四つの能力を同時に扱える技量がなかった。要練習、だそうだ。


「帰るぞ」


 と江弥華が言った。周りには切り飛ばした枝や葉が散乱しているが、気にした様子もない。スタスタと広場の出口へ向かう。


「え、枝とか持って帰んねえの?」


 とたまらず聞くと、「いい。逆にどうやって持って帰るんだ?」と聞き返された。

 ……確かに。五本すべての枝を運ぶとなると業者とトラックが必要になる。


「それに素材の回収は下級陰陽師の大事な稼ぎなんだ。横取りするわけにはいかん」


 ……なるほど。

 オレは頷いて江弥華に続いて広場を出た。

 広場の外には人だかりが出来ていた。一番前を陣取っているのは避難村代表のあの老夫婦だ。


「ありがとうございました」


 と深く頭を下げると、他の村民も続いた。


「それで、問題はございませんでしたか?」


 誰もが不安そうだった。

 江弥華が「問題ない。この通りだ」と広場を囲う柵の扉を開けて見せた。その散らかりまくった惨状を見て、集まった大人たちが安堵の息を吐いた。


 そんな大人たちの隙間から子供たちがわらわらと前に集まって来る。柵で閉じられて普段見ることが出来ないのだろう。開かずの間を恐る恐るといった様子で広場の中を覗き見る。そしてガッカリと肩を落とした。


「なぁんだ」「フツーじゃん」「ただの木ー」


 もっと怖い物を想像していたらしい。

 腕白そうな男の子が「俺でも倒せるぜ」と豪語して、内気そうな女の子が「これならすぐにお家に帰れそう」と小さく笑みを浮かべた。


 その中で利発そうな男の子が「それはどうだろう」と反論の声を上げた。


「見たことないモノノケがいっぱいいるらしいじゃん」

 と。

 その言葉に江弥華が反応した。


「例えば、どんな奴だ?」


 江弥華が膝を折り、その男の子の目線に合わせて問いかける。しかし男の子が「えっと……」とたじろいで、答えはすぐには返ってこなかった。


 当たり前だ。自分よりずっと年上のお姉さんに見つめられ、問い詰められたら誰だってその反応になる。

 しかも江弥華はガスマスクを着けているのだ。大人でもビビる。


 オレは嘆息して、一番答えてくれそうな腕白小僧の前にしゃがんだ。できるだけ明るい声でフレンドリーに話しかける。


「なあ、君はそのモノノケのこと知ってる? 知ってたら、ちょっとお兄ちゃんに教えくれん?」


 腕白小僧は一瞬目を丸くして驚いたが、すぐに「いいぜ」と得意げな顔をした。


「水色で、透明で、丸くて、羽が生えてて、飛ぶらしいぜ!」


 最後に腕白小僧が「俺は全然怖くねえけどな」と握り拳を作って見せた。すると、隣で聞いていたさっきの利発そうな子が、台詞を取られたと思ったのか、口早に補足を入れ、それに釣られて他の子たちも口々に喋り出した。


 曰く、そのモノノケは垢嘗めの色違いである、という。

 水のように無色透明で丸く、その見た目は巨大なわらび餅に似ている、と。加えて背中に生えた蠅の羽で俊敏に動き回るそうだ。


 オレは適当な相槌を打ちながら、内心首を傾げていた。

 そもそもこの世界の垢嘗めを知らない。オレが知る垢嘗めは人型だし、長い舌で風呂場や人間の皮膚に付着した垢を舐めとる妖怪だ。

 話を聞く限りそのどれにも当て嵌まっていない。


 しかも、どうやら新種のモノノケはこれだけではないようだ。

 目鼻があり、しかし頭の綿毛がない、ただの動く死体。

 そしてもう一体、尾から蛇の頭を生やした巨大な鶏だ。その蛇の頭に嚙まれると石にされてしまうらしい。


 ……何か知ってるぞ。

 同時に、しかし、と思う。世界観が違うだろう、と。そして転生したばかりの時の、かん太の言葉を思い出した。


『この世界にはスライムもゴブリンもいないよ』


 違和感から首を傾げたオレに、説明が上手く伝わらなかったと勘違いした一人の優しい女の子が地面に絵を描いてくれた。

 子供の絵だがよく特徴を捉えていると思う、オレのよく知るその魔物の特徴を。


 地面に描かれたそれは、楕円形で、当然目や口はない。背中に羽があるが、前世でも羽を生やしている「それ」いた。大抵ガレアモンスターだったりした。


「……やっぱりスライムだ。他の二つはゾンビとコカトリスじゃないか……?」


 前世でも特に有名な雑魚キャラモンスターだ。


「すらいむ……?」


 と江弥華が問う。どうしてお前が知っていると言いたげな目だった。


「ああ、オレの居た世界ではかなり有名な、モノノケ? なんだよ。あ、想像上の生き物なんだけど」


 スライムやゾンビをモノノケと呼ぶことに違和感を感じつつ説明すると、江弥華が左足の爪先に視線を落とした。

 どうもこれが考え込むときの江弥華の癖のようだ。


 しばしの黙考の後、子供たちに「誰から聞いた?」と問いかけた。

 オレも疑問だった。

 何故、緋猪岩国の状況を陰陽師である江弥華が知らなくて子供たちが知っているのか。


 その問いに子供たちのみならず、大人たちまでも答えた。彼らはあっちこっちに指を向ける。

「コイツから」「アイツから」「あの人から」「アレとアレが話してて」——と。

 噂の道筋はこの場にいる人間全員に、さらに稲勢国の住人へと枝分かれしていき、その出所は掴めなかった。


「一先ず寮で確認を取ろう」


 江弥華が腰を上げ、車に向かって歩き出した。

 それを老夫婦が呼び止めた。

 振り返ると老夫婦はオレの膳である、鬼化したトウモロコシと籠一杯に抱えていた。さらにそれ以外の大人が数人、こちらは普通の見た目をした野菜を籠に入れている。


「本日はありがとうございました。宜しければこちらを。少々形が悪いですが」


 と難民村の人たちが籠を差し出すが、江弥華は首を横に振った。


「有難う。気持ちだけ貰っておく。確か、ここは『円ら』と契約しているのだろう? ならば円に売ればいい。見合った額で買い取ってくれるはずだ。では」


 江弥華が瞼を閉じて目礼し、踵を返した。


 避難村入り口に止めておいた火車が見えた。

 そしてフラッシュバックする地獄の弾丸ドライブ。

 オレは腰を擦り尻を揉み解し、地獄に備えた。


 覚悟を決めてドアに手を掛けたとき、突然、空からツバメの鳴き声が降ってきた。

 見上げると青白く発光した二羽のツバメが江弥華の頭上で旋回している。

 

 江弥華が腕を上げると、その修道服然とした服の裾に一羽のツバメが水面に突っ込む水鳥のように、頭から落下してくる。

 ツバメが江弥華の裾に激突し、青白い火の粉を散らして霧散した。

 そして江弥華の裾に文字が青白く浮かび上がった。


『お戻りは何時ごろでしょう 喜助』


 その文字に目を通した江弥華が手を払う。すると文字が消え、そこへ向けてもう一羽のツバメが特攻した。


『戻った 報告あり 店で 銀』


 江弥華がその文字を払い落とし、ベルトで太腿に括り付けたケースから二枚の札を取り出して、口元に当てる。

 札が青白く発光して、江弥華が「ふぅ」と短く息を吹きかけた。

 その息に押し出されるように札から二羽のツバメが生まれ、稲勢の街へ飛んでいく。


 見るのは二度目だが、何なのか教えてもらったことはなかった。

 空に消えていくツバメを見送った後、オレが江弥華に尋ねると、「遠くの相手に情報を伝達する術だ」と答えが返ってきた。


「へー、スゲー……」


 もう一度、空を見上げて呟いた。


「早く乗れ」


 いつの間に乗り込んでいた江弥華がせっつく。同時に火車が唸り声を上げた。

 意を決して乗り込んだ瞬間、江弥華がアクセルを踏み締めて、ハンドルを舵輪のごとく一気に回す。


 全身を遠心力が襲い、首が折れたかと思った。

 オレはシートにしがみ付き、喉をあらんかぎりに震わせて怒鳴った。

「一旦、バックしよっか!!」

 江弥華の拳が飛んできた。

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