第12話 樹木子の剪定 —緋猪岩難民村到着—
「着いたぞ。緋猪岩難民村だ」
オレは這い出るように車を降りた。生きた心地がしなかった。何度吹っ飛びかけたか。シートにしがみ付いての地獄の30分間。生きた心地がしなかった。
「やはり道が悪いな。街道も早く石畳にならないものか」
うんと伸びをする江弥華を盗み見る。江弥華はハンドルを握ると人格変わるタイプだ。暴走族の顔をしていた。いつか事故で死ぬぞ。オレ言うんだ、間違いない。
「なあ、難民村ってことは、その緋猪岩で何かあったのか? 戦争とか天災とか」
「緋猪岩は稲勢から北西にある小国なんだが、街中に突然鬼や妖が大量に出現してな……」
「それって異常なのか? 物の怪って突然現れる物って思ってんだけど」
「昨日も言ったが、物の怪は鬼化に汚染された生物の成れ果ての姿だ。つまり何もない空間から突然現れることはない」
「なら住人や動物が、膳みたいな鬼素に汚染されたものを食べたんじゃ?」
「その可能性はある。が、かなり低い。街や村なんかの人が住むところにはあえて樹木子のような植物系の物の怪を植え、人の生活圏内の鬼素濃度を抑えているんだ。物の怪は生命維持に鬼素を必要とするからな。大気中や地中などから鬼素を吸収するんだ。加えて、食べ物も鬼素断ちしたものを流通させ、徹底している。まあ、生食を提供する非合法な店もあるがな」
「ならその店が原因なんじゃないのか?」
「お前も寮で見たろう。日常的に膳を口にする式神は鬼と化して暴れていたか?」
「あ、いや」
「だろ。例え一食分の膳を食っても体の一部が異形化するだけだ。そして異形化すればすぐに周りの人間にバレて、あとは私たちの仕事だ」
「……じゃあ原因はまだ分からないのか」
「現在調査中だ」
話しているうちに、エンジン音を聞きつけた難民村の住人たちが集まってきた。旗仕事の最中だったようで、皆軍手と帽子を着用している。彼らの一団を掻き分けて、老夫婦がやってきた。オレと江弥華の顔を見るや、「おや」と目を丸める。オレも見覚えがあった。お膳市でトウモロコシの屋台を出していたおっちゃんとおばちゃんだ。
昨日のことなのに、またトウモロコシを購入したことに礼を言い、何か問題があったのではと揃って心配そうな顔をした。老夫婦の心配顔は集まった住人にも伝播していく。後から分かったことだが、この集落では今年から根菜類の膳の栽培を始めたそうだ。それで売りに出せる質に達したものがトウモロコシと他数種だったらしい。
住人たちを安心させるため、江弥華が声を張って来訪の目的を説明した。ほっと息を吐いた老夫婦に案内を頼み、江弥華とオレは肩を寄せ合って密集する掘っ立て小屋の家屋の間を進む。後ろからは村の子供たちが物珍しそうに付いて来ていた。子供たち中に痩せすぎの子やお腹だけ出ている子もいない。稲勢国はちゃんと保護しているみたいだ。
暫くして広場に出た。
広場は柵で囲われ、注連縄が巻かれている。中央には立派な柳の木が一本だけ生えていた。難民たちの憩いの場だとしたら物々し過ぎる。
「七大十には何に見える?」
問われてよくよく観察したが、柳にしか見えない。
植物系の弱い物の怪で鬼素濃度を下げて人が住めるようにする、と江弥華が言っていたことを思い出した。
「柳の物の怪? 人間要素がないから妖か?」
「半分正解だ。あれは樹木子。鬼だ。木に見えるのが鬼の角で、他の身体は土の中に埋まっている」
江弥華がブーツの踵で地面を叩き、試すような目を向けた。
「さて、誰が樹木子なったんだろうか?」
嫌な訊き方だ。
怒鳴り散らしていたあのおじさんや、すすり泣いていたあの男の子、大悟郎の店で最後まで牢に捕らわれていた人達が頭に浮かんだ。
一本だけの柳が、広い空間の真ん中で枝葉をだらりと垂れ下げて佇んでいる。
答えるのが憚られる。だからオレは「選択肢は?」と濁してしまった。
江弥華の目が細くなる。
「ナムチか、難民の中から選ばれた一番の役立たずか、どっちだ?」
俯き一点を見つめて、沈黙を答えとした。同じく黙った江弥華と、付いてきたギャラリーたちの視線が痛い。
「ナムチ!」
代わりに答えてくれたのは小さな女の子だった。それを皮切りに子供たちが黙ったオレに教えるように口々に話し始めた。そんな子供たちを江弥華が優しい目をして見渡し、「正解だ」と声を上げ、子供たちがキャッキャッとはしゃぐ。
「七大十、樹木子はな売れ残ったナムチを使って作る。大量の鬼素で汚染して生き埋めにして、わざと鬼化させるんだ」
……それはナムチを、転生者を奴隷じゃ飽き足らず、格好の人身御供として扱っているということか。それは、あまりにも――。あまりにも――。
「ほう、その顔が前世で見つけた正解の顔か?」
俯きかけたオレの視界に江弥華が割って入った。
言われた意味が分からなくて呆けてしまう。
「その表情をするときの感情は湧いたものか、それとも湧かせたものか?」
「……さっきから何なんだよ……?」
さっきから意味不明なことを言いながら小馬鹿にしてくる江弥華を上から睨みつけた。低かった視界が高くなって初めて、一連の言動が無意識だったと気が付いた。
「もう一度聞く。アレが何に見える?」
江弥華が樹木子を顎で指した。
「お利口な理性に耳を貸すな。感じたまま答えろよ、七大十」
一本だけの樹木子が、広い空間の真ん中で枝を垂らして生えている。
「……木だ。木にしか見えない」
応えた瞬間、心が軽くなった気がした。同時に頭のどこかで、『駄目だ、駄目だ』と警鐘が鳴り始めた気がする。
「私もだ。」
江弥華が腰に手を当てて胸を張った。
今日は良かった。江弥華が顔を隠していない。
恥ずかしいけれど、頭の警鐘が聞こえなくなった。
「では依頼に取り掛かる前に軽く打ち合わせをする」
「ああ、分かった」
江弥華の作戦を聞きながら思う。
オレは人でなしだった。
いつからそうだったかは分からない。式神になった時か、それとも転生した時か、もしかしたら前世からかもしれない。でもそんなこと、今は心底どうでもいい。
江弥華の長い睫毛が揺れて、訝しげにオレを見上げた。
「分かったか?」
「おう、ばっちりよ」
「なら入ろうか」
唇を舐めて柵に掛かった錠前を外した江弥華がオレの鎖を引いた。
揃って中に入ると、樹木子の枝垂れた葉が盛り上がるように逆立った。
「まずは憑鬼能力の確認だ。順番に投げるぞ」
「いつでもいいぞ……!」
「あ、待て。やっぱ膳の順番変える」
「えぇ!!?」
めっちゃ攻撃来そうですけど?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます