第11話 陰陽寮からの極悪ドライブ
オレは木造三階建ての建物を見上げた。
レトロな外観だ。壁は白い漆喰で塗られ、屋根は杉板ぶき。小さな窓がいくつも並び、入り口に掲げられた一枚板の看板には『陰陽寮』の文字が浮き彫りになっている。
「オレ、こういう建物好きだ」
「……そうか」
コツンと江弥華のブーツが石畳を叩く。
今日の江弥華は修道服っぽい服装だ。タイトなワンピース部分は腰までスリットが入り、歩くたびに膝まであるブーツがチラ見えする。大小四つのポーチが付いたベルトを腰に巻き、同様に両太腿にもポーチ付きのベルトを巻いている。
しかし、これだけならいいのだが。
すべての指に黒か赤の指輪を嵌め、腕には夜色に黄色い斑点が付いた腕輪、巨大なイクラで作られたような数珠が光り、右耳には心臓を模ったイヤリング、頭に被った頭巾は鮫肌のようにザラザラした生地で出来ており、首からガスマスクを下げている。
出発前の江弥華曰く、全身護符で固めて完全防備だそうだ。
誠に残念ながら、江弥華の言葉通り、目元以外一切肌が見えない。
「いや、目元が見えるだけマシだよな!」
「何してる、七大十。入るぞ」
握拳を作って前向きなセリフを吐いたとき、江弥華がこちらを振り返って言った。
江弥華に続いて中に入ると、荒くれ者たちの喧騒で溢れかえっていた陰陽寮のロビーが静まり返った。
気にした様子もなく江弥華は目の前の受付カウンターへ歩いていく。
カウンターの横には張り紙で一杯の掲示板があり、飲み食いできそうな机や椅子も並んでいる。数人で固まっている陰陽師たちは、江弥華ほどではないが趣味の悪い成金みたいに身体の至る所にアクセサリーを付け、近くに異形の化け物を連れている。
お膳市で江弥華から聞いた話を思い返して考えるに、多分、いや間違いなく式神だ。膳の食べ過ぎによる鬼素の汚染が進んだ結果だろう。
牛のような角を生やしたマッチョや、蹄で立っている馬頭のマッチョ、そして髪が針のように尖った女など、その姿は様々だ。
その中に見知った顔もあった。佐天と渾蔵だ。手を上げてこちらにやって来る。後ろに二人の式神もいる。腰より長い髪の女と尖がり頭の男だ。確か名前は亜子と……和彦だったはずだ。
「久しぶりですね、江弥華さん」
「久しぶりだな、佐天に渾蔵、それに式神二人も。渾蔵にはうちの七大十が世話になったそうだな。有難う」
それから陰陽師の三人は情報交換を始めた。
オレも式神の先輩たちに挨拶しておこう。
「初めまして、金倉七大十です。あの時はお世話になりました」
言って頭を下げたとき、ぐふっと女の声がした。亜子だ。
「こっち側へようこそ」
顔を上げると、亜子が長い前髪の奥で笑っている。
「周り見た? アレが貴方の未来の姿よ。どお? 嫌? 怖い?」
髪で目は見えないが、亜子の声色から面白がっているのが分かる。
和彦が「やめなよ」と亜子を止める声を聞きながら、もう一度周りを見た。
七色の斑点がある者、鱗肌の者、腕が長く肘が十個もある者、猫耳を生やす者——。
彼らを一通り見たが、醜いと感じる人は誰もいなかった。寧ろカッコいいとすら思える。
自分の身体もいつか、ああいう風に変化していく……。
「怖くないな。どっちかっていうと、どうなるのか楽しみだ。でも、やっぱり、格好良いのが良いな」
普通は未来の姿に絶望して恐怖するべきなのかもしれない。でもこれがオレの本音だ。
言葉にしたらすとんと腑に落ちた。同時に異形化した姿の方向性は自分の意思で左右されるかについて疑問も沸いた。
尋ねてみたところ、和彦は一瞬驚いた顔をして無理だと言った。出来たらこんな頭にはしていない、とも。
確かに、と頷くと肩を小突かれた。亜子はというと、オレの答えが気に入らなかったらしく「つまんない」と呟いて佐天の方へ行ってしまった。そして佐天に一言二言耳打ちして去っていく。後を追うように残り三人も
「依頼があるから」と陰陽寮を出て行った。
彼ら四人の背中を見て、何となく分かった。
亜子も和彦も自分の姿に絶望していない。それどころか、ここにいる式神は誰も下を向いていなかった。相棒なんだ、奴隷じゃなく。
「七大十」
「ああ、今行く」
じゃあ、胸の鎖は何だろう……? 隷属じゃなくて、リード?
分かんねえ。ま、そのうち上手い例えが思いつくだろ。
「近々、上級陰陽師で『庭』の調査を行うらしい」
江弥華が仕入れたばかりの情報を共有し始めた。
「庭? どっかお屋敷の?」
「お前が牛鬼に襲われた森の最奥を、そこに巣食っていた蜘蛛の女王の名を取って『海松橿の庭』と呼んでいる。まあ屋敷と言えば屋敷だが」
「へー、楽しみだ。オレ等も行くよね」
「……ああ、是が非でも」
頷く江弥華の瞳が燃えたとき、ちょうど受付カウンターに辿り着いた。カウンターに立っていた着物に袴姿の女性が腰を折って一礼する。
「江弥華様、本日はどういった御用でしょうか?」
「式神の憑鬼能力を見るのに丁度いい依頼はあるか?」
「それですと……
「急ぎの方で良い」
「ありがとうございます。ですと樹木子の剪定になります。場所は
「距離は?」
「およそ3里です。
「3里かぁ……、よし、使う」
「では利用料、保証金、手数料込みで40文頂きます」
「ん」
「確かに。こちら鍵になります。では、ご武運を」
「有難う。行ってくる」
口を挟む暇もなく依頼の手続きが完了した。
移動中にでも色々教えてもらおう。
オレは、すたすた出口に向かう江弥華の背中を慌てて追いかけた。
陰陽寮を出た江弥華は大きな通りをまっすぐ歩く。
「どこ行ってんの!?」
「ああ、すまん。説明してなかったな。私たちは今、北門に向かっている」
と江弥華が進行方向を指差した。オレがそちらに目を向けると、昨晩は暗くて気付かなかったが、街を取り囲む高い壁に『北』と書かれているのが見える。
「火車は四輪駆動車のことで、壁の外から乗れる。それまでは徒歩だ。分かったか?」
「了解。で、どっちが運転する? オレ一応免許持ってたけど、前世で」
「免許? 参級以上の陰陽師なら誰でも乗れるぞ」
「……マジか」
「なんなら去年の成人祝いに、一台買ったぞ。七大十二人分の値段だったが」
「高!? ん? ならわざわざ借りなくても良かったんじゃ……」
「十日と持たず大破した」
「……オレが運転する」
「ははっ、七大十は式神だから駄目だ」
それから江弥華と愛車の十日間の思い出を聞きながら北門に到着した。江弥華が門番に鍵を見せ、案内されること暫し、五台の車が見えた。江弥華とオレが乗るのは前の世界も見慣れたジープだった。明らかに転生者がデザインしたのが分かる。ただ唯一違うのは屋根がごっそり切り取られていることだ。訳を訊くと、物の怪に襲われた際の脱出と迎撃を容易にするためらしい。
オレは助手席に座り、江弥華が運転席に座る。ハンドルを握ると、江弥華の小ささが際立った。
「ブレーキに足着く? もうちょいシート前にしたら? マニュアルだけど大丈夫?」
「煩いな。馬鹿にしてるのか?」
「いや違うけど……」
怖いんだよ。鬼退治とか身体が異形化するとかより、現実味がある分怖いんだよ。
だって教習所出てない女子高生の運転だよ? 怖すぎるって。
ゆっくりと火車が走り出した。江弥華が一速から二速、三速と順調にギアを上げていく。ただし海外ロケの番組で見るような、土を踏み固めただけの道路はとにかく悪路でガッタンガッタン上下に揺れる。しかも屋根がないから本当に吹っ飛びそうだ。
「ゆっくり! ゆっくりでいいから、江弥華!」
「煩い! 次何か言ったらぶっ飛ばすぞ!」
だから本当にそうなりそうだから言ってんだよ。
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