第4話 あの世じゃなくて異世界だった
まえがき
現在改稿中です。大幅カット予定。
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そういえば、とオレは女の人を見やった。舟に横たわり未だ目を覚まさない。
ダボッとしたTシャツが肌に張り付いている。そして胸と腹に空いた十数か所の穴。それだけで彼女の痛ましい最期が容易に想像できた。
「なあ、この人は大丈夫なのか」
「うん。大丈夫だ。夕方には目を覚ますから」
質問に答えたかん太の何でもない風な態度に、オレはむっとした。
「何で分かるんだ?」
「だってそうだから。逆に七大十の方が異常なんだ」
「は?」
「ナムチはね、転生してすぐには起きられないんだよ。異世界順応期って言って、太陽が出てる半日間、息も心臓も止まった仮死状態? っていうのでこの世界で生きられる体に作り変えるんだって。あ、ナムチっていうのは転生者のことね」
かん太が真っ直ぐオレの目を見て教えてくれた。しかしオレは後半部分の解説を全く聞いていなかった。
……転生? 異世界……?
いつの間にか己の身に降りかかっていたファンタジーに、頭がショートした。
そんなのオレを尻目に、かん太、充悟、喜助の三人が何やら盛り上がり始めたが、彼らの会話は一切頭に入ってこなかった。
転生、異世界。転生、異世界。転生、異世界…………。
沸騰した頭の中で『転生』と『異世界』がブクブクと沸き上がり、唐突に二つの単語が結合した。
「異世界転生ぃ!!」
「うお!? 何だよ急に」
これを喜べない人間はいない。正直、奇声を発して踊り狂いたいほど嬉しい、巨椀の大男、大悟郎の目を気にして出来ないが。
そうこうしてるうちに舟はカタツムリの群生地があった『弐-肆』に辿り着いた。
改めて見ると、かなりグロテスクな光景だった。
枝や幹を埋め尽くす緑色のカタツムリの群れが一匹の例外もなく地面へ角を向けている。地表には貪り食われた鳥の骨が散見できた。
「かん太、舟を付けろ」
「へい」
大悟郎の指示を受けたかん太が船のエンジンを切り、船頭が岸に着く。他の舟も同様に停泊していく。彼らにはこれが宝の山に見えるのだろう。ギラついた目で舟を飛び降りて行った。かん太もうきうきとした様子で、何処からか取り出した軍手を嵌めて、オレにも軍手を差し出した。
「七大十も行くでしょ?」
「オレはいいかな」
「え、何で!? 『鑑定』しに行かないの?」
かん太は親指と人差し指で輪を作り、その穴からオレの顔を覗き込んで素敵な提案をしてくれた。
「やっぱ行く」
『鑑定』と聞いちゃ、居ても立っても居られない。
オレはかん太から軍手を受け取った。そのときオレは不意に視線を感じた。振り返ると、隣に停泊している舟に外套のフードを目深に被った人物が立っていた。胸元まで伸びだ長い髪のせいで顔は見えなかったが、おそらく女だ。
「どうした? 早く行こうぜ」
「あ、おう」
かん太に返事した同じタイミングで、女はふらふらと不安定な足取りで舟を降りて行った。
「……何だ? 気味の悪い。やっぱ転生者が珍しいんかな」
この時のオレはまだそう思っていた。
気を取り直して、オレは舟を降りて手を振るかん太の元まで行った。コレコレ、とかん太が地面を指差す先に一匹のカタツムリが居る。
ほほう、これが『スキル・鑑定』の最初のターゲットか。 では、参らん!
「鑑定!」
オレは先程のかん太のポーズと同じように指で輪を作り、その穴からカタツムリを凝視した。
「ピロリン! マイマイモドキゼンマイ、別名トリツキ。栄養満点で大人の味。薬の原料にもなる、高級品」
「おお、貴方はアナウンスさん? ってお前かい!」
かん太がオレの下手なノリツッコミで、腹を抱えるほど、子供らしく無邪気に笑ってくれている。その顔を見てオレは自分の心を慰めた。
「次、あれやって! 『ステータス』やって!」
その言葉で察した、この異世界にはスキルもレベルもないのだと。
さようなら、夢の異世界チート無双のんびりライフ。
オレはかん太少年の期待に応えるべく、かつてオレの中に封印した『中二病』を呼び起こした。肉体を得た『中二病』は『ステータス』を開き、無詠唱魔魔法を連発し短縮詠唱で極大魔法を放った。
「母に疎まれし悲しき子らよ、今こそ己が力を示し、誇れ。ヘパイスアポスティア!! 鍛冶神」
心をボロボロに砕きながらも最期までやりきったオレはかん太の反応を待った。
さあ笑え、と。
「新しい!」
「え?」
「ステータスと鑑定は有名だから知ってたけど、そういうのもあるんだ! ね、最後のカッコいいやつ、もう一回見たい!」
「あ、あー……どんなだったっけなー。即興だったからもう忘れちゃったなぁ。ほら、いつまでも遊んでたら親方に怒られるから仕事しよっか」
オレはかん太をはぐらかすために、足元のカタツムリ、もといトリツキを摘まみ上げて言った。やっべ、とかん太も地面に生えているトリツキを採集し始めた。
しかし、本当にカタツムリそっくりだ。
まず、茎が三股に分かれている。内二本が細く短く、カタツムリの角になっている。そして残る一本は太く、渦を巻くにしたがってだんだんと細くなっている。さらに胞子嚢の黄土色が影を表現して渦が立体的に見え、まさにカタツムリの殻だった。
トリツキの擬態に感動していると、かん太が、すごいでしょ、と得意げに声を掛けてきた。
「カタツムリのフリをして、わざと鳥に食われるんだよ」
なるほど、それで胞子を遠くに運んで貰うのか。
そう予想したがどうも違うらしい。
「それで、トリツキって呼ばれる理由にもなるんだけど。トリツキを食べた鳥は何かに取り憑かれたみたいに、高い木の枝に留まったまま動かなくなるんだ」
そしてかん太は、あれ見て、と一本の木の上を指差した。
「あそこに鳥が止まってるでしょ」
居た。まるで置物のように、鳥は一点を見つめて微動だにしない。
「鳥はどうなるんだ?」
「腹から花を咲かせて死ぬよ」
ゼンマイはシダ植物だから花は咲かないはずだが……。一体どんな生活環なんだ?
元の世界の常識とは異なる生物の出現に、ここは異世界なんだ、と強く感じた。
「これだけの群れならどっかにいるはず――――あ、見っけ」
「マジ!? どこ!?」
「あれあれ、親方が幹に張り付いたトリツキをこそぎ落としてる木があるじゃん。あれのずっと上」
オレは屈んで、かん太と目線を合わせて、目を皿にして探した。
「え? どこ?」
「葉っぱが邪魔で見つけにくいけど。白くて小さい花がいっぱい集まってるのがあるでしょ? オイラの指の先だよ」
オレはかん太の指先の延長線上に視線を向け、発見した。
真っ白な紫陽花みたいで花は綺麗だ。ただ、鳥の方が……。蕾を付ける頃に鳥は死んだんだろう。鳥の死骸はかなり腐敗が進んでいた。花束を持った鳥のゾンビ、一言で纏めるとそんな感じだ。
「どう、七大十?」
「滅茶苦茶面白いよ。オレの元いた世界にはあんなの居なかったしさ。他にはどんなの居るんだろうなー」
言葉を言い終わるや否や、考えるまでもなく思いついた。そう、魔物だ。
「かん太、魔物っているのか? スライムとかゴブリンとかドラゴンとか」
「七大十、言いにくいんだけど、スライムとかドラゴンとかの魔物って言う生き物はいない。……そんな落ち込むよ。代わりに鬼と妖がいるから」
「何だよー! びっくりさせるなよー!」
オレはかん太を優しく小突いて、少し過剰にリアクションした。それで一頻り笑った後、鬼と妖について訊いた。返ってきた答えは、
「七大十が考えてるのと、多分同じだよ」
だった。角が生えた人型の魔物を鬼、その他、動物や昆虫型の魔物を妖と分類しているらしい。例えば同じ蜘蛛型でも、人面で角が生えた牛鬼は鬼に、対して頭部が猫で虎柄の土蜘蛛は妖に分類される。また、この分類法は見た目のみによるもので、種としての強さを含む優劣等は一切考慮に入れていない。
と、かん太は時折、眉間を寄せて暗記した知識を引っ張り出しながらも得意げに解説してくれた。
「分かりやすくて、面白かった」
「へへ、ありがとう」
オレが拍手を送るとかん太は嬉しそうに頭を搔いた。
周りを見渡す。
「じゃあ、この森にも鬼とか妖がいるのか」
「もちろんさ。でもナムチを鬼とか妖に食べられないように、頻繁に陰陽師が森に入ってるから大丈夫。なんだけど」
ポロッと聞き捨てならない言葉がこぼれた。
「一旦ストップ。陰陽師はオレの知ってる陰陽師か?」
「他のナムチが『冒険者』に近いって言ってたよ」
オレは拳を握りしめた。
名前は違えど業務内容は限りなく近いのだろう。
「それでね。一週間前に森に牛鬼がいるって報せがあったんだ。それで一級陰陽師が調査に入ったんだけど、結局見つからなかった」
「牛鬼……。それ結構ヤバいんじゃ……?」
牛鬼と言えば、元の世界でも特に有名な妖怪だ。そんな奴がこの森の何処か居る。あの奥の闇の中に居るのだ。
見てみたい、と思う自分がいる。頭では「これは現実なんだ」と理解しているが、前世で異世界ファンタジーに慣れ過ぎて、まだゲーム感覚が抜け切れていないんだ。
「舟に戻れぇぇ!!」
突然、大悟郎が号令を飛ばした。耳がキンとする程の声量に、オレは何事かと耳を抑えながら大悟郎に眼をやった。
喜助や充悟たちが大量のトリツキを包んだ法被を抱えて走ってきている。
革鎧や楔帷子を着た二人組、頭から外套を被った二人、最後に後ろを気にしながら走ってくる。
そして、オレは八つの瞳と眼が合った。
「七大十、急げ!」
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