変化

 あいつは、口が達者だった。悪くいえば、屁理屈ばかり言った。よく頭が回るな、と思う。本好きだったからだろうか。


「図書委員の仕事ちゃんとやれよ」

「葉弥の方がやってないじゃん」

「は?いつも注意してんのはどっちだよ」

「同じぐらいだと思いますけど。でも、葉弥は重要な仕事をしないから。うちは、重要じゃない仕事をしないから」

「重要じゃなくても仕事は仕事だろ。ちゃんとやれ」

「そう言うんだったら、委員会の報告書、自分の番の時うちにやらせないでもらえるかな」


  そんなやりとりを、よく交わした。あの時までは。


 あいつが、急に恋愛の話をするようになった。「好きな人いないの?」「気になる人は?」。全部、「いない」と答えた。それでもめげずに、あいつはこんなことまで聞いてきた。「深津ちゃんのこと好きでしょ?」。

 全然違う。よりによって、なんで深津なんだ。そんなことを言ったら、全く納得していない様子で、ふーんと言った。

 ある日には、


「葉弥ってさ、うちのこと嫌ってるよね」


 と言われた。突然、そんなことを聞かれたから驚いた。またふざけてるのかと思ったが、あいつの顔は真剣だった。


「べつに、嫌ってない」


 俺がそう言うと、少し安心したように、なんかありがとう、と言った。しかし、その答えに、特に重要な意味はなかった。


 そして、その時がきた。


 少し前から、「うち、好きな人いるんだー。当ててみてよ」と言われていた。そんなの分かるわけないし、ヒントも「同じクラス」とか「席は半分から前」とかしか教えてもらえなかった。それに、興味もそれほどなかった。「終業式の日、教えるから考えてよね」とも言われたものの、頭の片隅にはあったがあんまり考えていなかった。

 終業式が終わってから、帰りの会の前の時に深津からの暴力からなんとか回避して、あいつから答えを教えてもらった。

結果から言ってしまうと、あいつは答えを言わなかった。最大ヒントのようなことを言っただけだ。


「うちの好きな人のイニシャルは、H.Kだよ」


 そう、あいつは言った。これを言う前、あいつはすごく狼狽うろたえていた。本当のことを言うかどうか、迷っているかのように。でも、きっと言いたいことを言えなかったのだろう、あいつは今自分が口に出したことを後悔するかのように顔を歪め、「じゃ、そーゆーことだから!」と言い残して兎のように跳びながら教室から出ていってしまった。

残された俺は、H.Kって誰だろう、と思いながら席に戻った。ふと寒気がして振り返ると、後ろの席の深津が目を細めて睨むように俺を見ていた。

 「なんだよ」と俺が聞くと、「べつに」と一発俺をグーパンチしてから言った。本当に、なんだったんだ。


 そして、冬休みが始まった。

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