手紙
少し戸惑っていた由乃の母だが、意を決したようにカギをカギ穴に差し込んだ。
ガチャリ、という重たい音がして、その引き出しは開いた。
中からは、先ほどと同じような紙と、三通の手紙が入っていた。
まず、あたしたちは紙から読んだ。そこには、こう書かれていた。
【この手紙を読んでいる、ということは、ふざけている以外なら私が死んでいる、と言うことでしょう。私の死後の世界が、どうなっているのか知りたいですが、残念ながら知る方法はないのでしょう。お母さんは、悲しんでないでしょうか。尹夜は、泣いてないでしょうか。そして、あの人は、どう思っているのでしょうか。みんな、私がいなくても、前に進んでいるでしょうか。
三人に、手紙を残しました。生きている間に伝えきれなかったことを書きました。なぜ、こんなことをしているのかと思ったでしょう。私は、御存じの通り、病弱です。ある日突然、死ぬかもしれません。この手紙は、一年ほど前から書いています。そして、少しずつ手紙の内容を変えて書いています。私が伝えたいことを伝えられたら、それは手紙の中から消えます。だから、手紙に書いてあることは、私が心から伝えたかったことです。どうか、手紙に書かれていることと、心から向き合って下さい。それが、私の最後のお願いです。】
やはり、由乃は自分がいつ死んでもおかしくないと思っていたのだ。由乃は話し上手ではなかったから、手紙という形で残した。
そして、あたしたちが気になったのが“あの人”という人物だ。三通ある手紙の宛先の一人だろうということは見当が付くが、それ以外、性別も歳も分からない。が、それは案外簡単に解決された。手紙の宛先を見てみると、一通目は由乃の母、二通目はあたし、そして三通目は河森(かわもり)葉弥(はや)という、あたしと同じクラスの男子の名前が書かれていた。
あたしは、この人物を知っている。同じクラスだから、というのもあるが、一番の理由は由乃がずっと想いを寄せていた人物だからだ。相談も受けたし、アドバイスももちろんした。しかし、あたしに言わせてみれば、どこが良いのか分からない人物だ。個人的な面識は、ほぼないに等しい。教室で時々見かけるのと、由乃からの情報以外、知らない。強いて言うのなら、よくいじられているのを見るから、弱そうな奴だな、と思っているぐらいだ。
そういえば、由乃は前に『葉弥ってよく分からない』と言っていた。じゃあ、なんで好きになったの、とあたしが聞いたら、少し眉をひそめて『何でだろうね。楽しいからかな、隣にいると』と恥ずかしそうに困った顔で言った。それにしても、河森と言う奴は由乃を哀しませたり困らせたりたくさんした。よく性格が分からないのに加え、親友を傷つけたので、河森は、はっきり言って嫌いだ。あんな奴に良いところなんてないのではと思う。
そう考えると、『好き』という感情は不思議だ、と思う。どれだけ傷つけられても、どうしてその人のことを好きでいられるのだろう。あたしは誰かを恋愛として好きになったことがないので、それがどういうものなのか分からない。でも、親友の恋が上手くいってほしいと思っていた。例えそれが、あたしの嫌いな奴でも、親友が好きというのなら仕方ない。あたしの中で由乃は、選択肢があるときの決定権を持つ人物で、絶対的な存在だから。あたしは、河森葉弥宛の手紙を手に取る。これを、河森に渡さなくては。
由乃の最後のお願いを叶えるために。
次の日、学校で河森に手紙を渡した。戸惑ったような顔をしていたが、きっと読むだろうと思った。根拠はないけど、なんとなく、そう思った。
どちらにしろ、読んでもらわないと困る。
その日、家に帰ってから自分のベットの上で、手紙を開けてみようと決心した。
今まで、これを読んだら、自分の中にいる由乃まで消えてしまうのではないかと、怖かった。いなくなってほしくなかった。
また、泣きそうになる。
“尹夜、泣かないで”
耳元で、由乃の声が聞こえたような気がした。
机の上に置いてある、手紙に手を伸ばす。深く息を吸って、吐く。そして、ゆっくりと手紙を開けた。
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