美しい世界

いーたく

永遠に寄り添う言葉

 ……ロー。


 ハロー。


 ハロー、これを読んでいる君。俺の言葉は届いているかな?


 ハロー、まだ見ぬ君。君に伝えたいことがあるから、俺は必死に頭を使っているよ。


 ハロー、『孤独の象徴』。孤独だなんて言われて悔しいかい?


 ハロー、『孤独の象徴』。あなたは俺たちに色を与えた。そして、俺から光を奪った。


 ハロー、『孤独の象徴』。あなたのことは誰もが知っている。でも、あなたを見つめる奴なんか、誰一人としていやしない。


 可哀想に。だから、孤独の象徴。


 カリカリカリ……。


 ケシケシ……。


 カリカリ……。



 *******



「この世はきっと美しいはずさ」


「美しくなんかないさ。紙の上に点で綴られている物語や音楽が、盲目の君に淡い幻想を抱かせているんだ」


「僕は闇の中にいる。生まれてからずっと。きっと、眩しくて目を瞑ったままなんだ。

 ねえ、淡い現実だと言うなら教えてくれよ。この閉じられた瞼の外には、どんな景色が広がっているんだい?」


「……見上げれば一面の青に白い点がいくつもある。とても綺麗なんだよ。まあ、たまに灰色になったり、場合によっては煙がのぼったりすることもあるけどね。

 そして、『僕らに色を与えた孤独の象徴』が地平線の彼方に消える頃、街は赤色に染まるんだ」


「またそれかい? 空と『太陽』の話は何度も聞いたよ。青空と、夕焼けの話もね」


「それだけじゃない。夜になれば『裏は見せない夜のあるじ』だって……」


「それは『月』だろ。

 だいたい、無理して詩的な表現をしなくても良いよ。君のありのままの言葉で、僕の見たことのない世界を伝えて欲しいんだ。

 僕は色を見たことが無いから、想像すらできない。だから、君の言葉だけが頼りなんだよ」


「伝えたら、君はその美しさに耐えられなくなる。『とびっきりの芸術』へと足を踏み出したくなるよ」


「それでもいいさ。その『とびっきりの芸術』とやらも聞いてみたい。もう音楽だけじゃ僕の心は満たされることはないんだ」


「本気かい?」


「僕はいつも本気さ。ただでさえ何も見えない僕が手を抜いたら、この世界を楽しめなくなるからね」


「……これは僕の持論なんだけど。美しさっていうのは、『失われるもの』、『失いたくないもの』、『始まらないもの』、この三つに分けられるんじゃないかと思うんだ」


「はは、やっとだよ。やっと君が、僕の興味をそそる話をしてくれそうだ。

 質問をしていいかな? 最後の『始まらないもの』っていうのはどういう意味なんだい?」


「始まりがなければ、終わりはないってことさ」


「それはまた……難しい話になりそうだね」


「逆も然り。終わりがなければ始まらない。終わりが見えないなら、どこが始まりか、どこから始めていいか、わからなくなる」


「つまり、どういうことなんだろうか?」


「永遠さ。気が遠くなるほどの長い年月に、朽ちることなく輝き続ける……。まだ、誰もそれを手にしたことは無いんだけどね」


「永遠か……。それを僕らが手にする日は来るのかな?」


「来ないよ。だって、僕たちには終わりがあるから。いつか必ず終わってしまう僕らにとって、永遠は永遠たり得ない。

 永遠は、永遠を手にしたものでないと証明できないのさ」


「難しいなあ……」


「でも、永遠は僕たちのそばに寄り添っている。僕たちが事切れるその時まで」


「寄り添う? 永遠が?」


「そうだな、例えるなら……聖書。——いや、誰かと誰かの取り留めのない会話でも、鼻歌交じりに書かれた日記帳でもいい」


「聖書と日記帳を同列に扱うのかい? 熱心な信者に怒られても知らないぞ」


「いいんだ。僕は今、神ではなく美しいものについて語っているんだからね。

 いいかい? 要は記録。あるいは誰かの記憶なんだ。今、僕が喋っている『この言葉』も、君の心に残っている限り、僕よりもずっと長生きをするかもしれない。言うなれば『この言葉』は自分の『分身』みたいなものさ」


「記憶や記録……。自分が死んだ後も残るもの、という事か……」


「でも、長生きをする記録も記憶も、そうそう無い。長生きは難しいんだ。

 ……では、どうやって延命させるのか? わかるかい?」


「なんだろうか……考えてもなかなか浮かばないや」


「……そうやって考えることなんだと、僕は思う。自分の頭を必死に使ってね」


「考えること? それが記録や記憶の長生きに、どうやって繋がるんだい?」


「人々の記憶、心に残るものは一握りだ。

 僕らの頭の中には、無限に広がる感性の砂漠がある。人々を熱狂させるほどのものは、その砂漠の中で一番大きい砂粒を一粒、見つけ出すようなもの。難しいんだ、とても。でも僕らは砂漠を歩き続ける」


「どうして?」


「そりゃあ、少しでも自分の『分身』を長生きさせたいからさ。作りたいんだよ。ずっと永遠と寄り添い続けられるような『分身』を、ね」


「気を抜くと頭がパンクしそうになる。でも、永遠と寄り添い続けられるなら、それはきっと素晴らしいことなんだろうね」


「そうさ。いつかはこのも終わる。

 でも、僕らが繋いだ命や『分身』たちがこの地球を飛び出して、宇宙を我が物顔で闊歩するときが来るかもしれないよ」


「そうか!

 ……それじゃあ、僕も『分身』を作ってみようかな。その『分身』がいつか、僕の代わりに月の裏側を見られる日が来るように、とびっきりのをさ」


「そうさ。

失われるもの僕と君』、『失いたくないもの分身』、『始まらないもの永遠』、この三つは……とても美しいんだ」



 *******



 ……カリカリカリ。


 ハロー、これを読んでいる君。変な話を読ませてごめんね。


 ハロー、まだ見ぬ君。君は美しいよ。俺がそれを確かめることは永遠にないけれど。


 ハロー、『夜の主』。終ぞあなたの裏側を見ることは叶わなかったね。


 ハロー、『夜の主』。暗い空に煌々と輝くあなたに、俺の『とびっきりの芸術』を見せてあげるよ。


 グッバイ、『分身』。君が『永遠』に、ずっとずっと寄り添えることを願っているよ。


 もう、思い残すことはないや……。


 ハロー、『永遠』。首に輪を掛け、椅子を蹴飛ばす。俺は美しいかい?

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