第二章

不穏な予知

第5+話 神を臨む男

 時は『警察病院 逃走』のニュースが流れる少し前まで遡る。


警察病院内にて、2人の人間が壁を透き通り、とある病室に侵入する‥‥。


1人は高身長で体格の良い、黒いボロ切れを全身に羽織った男。もう1人は、制服の上にパーカーを羽織った中高生の少女だ。


男が『身体を浮かせながら』その患者に、淀んだ声を発する。


「やぁ、レーヴァテインさん?」


制服の少女が、男に向かって親しげに口を出す。


「父さん、変なアダ名付けないであげなよ」


男はカタカタと不可思議な音を鳴らしながら、相変わらずの重音で引き笑う。


「カッカッ!済まないね!炎を操る人間が居るなんて、現界も素晴らしいじゃないカ!」


少女は少し‥‥いや、大分呆れた様子で溜息をつき、小さく不満を零した。


「まるで死人の様な言い方‥‥」


男はその小さな不満に直ぐ様反応し、不気味で笑えないジョークで返答する。


「現に死んでるよ。」


少女がまた『はぁ』と大きな溜息をつき、話を続けさせた。


「冗談よ。何時いつもの、やるなら早くしてよね。」


男はそのガタイに似合わない軽快で、しかし人形の様な不快な動きで悦びを表現しながら、『いつもの』を始めた。


「警察の人来ちゃうカラネ!じゃあ、初めようカな。」




 自己紹介をしよう!


何せ時間は『いくらでも』有る!!

私はまだ神では無いが、は『誰も』『何も』干渉出来ない。


--名前はもう思い出せない。


大昔の話だ。私は小さな町の外れに在る教会で牧師をやっていた。神に仕える仕事だ。


小さな町の、小さな教会で、人々の話を聞き、説教をし、分かち合う。


町の人達はとても優しい人達で、私が町に来た時も直ぐに打ち解けられたし、まさに『支え合って生きていた』と思える様な人生で‥‥


--それが私の誇りだった。


しかし、何年ぐらいだったか‥‥ある時、私は不治ふちの病をわずらった。


町の人々が私の為に色々な事をしてくれた。

好きな物を沢山くれたし、看病も交代でほぼ毎日してくれた。とても嬉しかった。


その日々を通して、神に仕える意味を見出していた。穏やかに人生を振り返りながら。


だが、私は死んだ。仕方なかった。やはり不治の病は良くはならなかった。神にも祈ったが、その願いはついに叶わなかった。


自分の教会の墓地に埋蔵され、人々は私の死をなげいてくれた。


私は幸せだった。魂が報われたと思った。

人生が報われたと思った。


--終われたなら。



 目が覚めたんだ。『棺桶の中』で。


『仮死状態になっていたんだ、まだ死んでいないんだ!』


と、私は思った。しかし、違った。最初に、声は出ず、身体は一切動かず。ただ、空虚な時の中ひたすら棺桶の中に閉じ込められていた。


その時間はあまりにも長く、いつしか私は自分が『死んでいる』事を悟る程にまでなっていた。こんなにも長い間、飲まず食わずで棺桶の中で生きている訳が無いのだ。


棺桶の中で、自分の血肉が腐っていくのを目の当たりにしながら、私は自分が天国に行けないのを悟った。


--『私は私を棄てた神をうらんだ。』


無限の時が流れる中、何度も脱出は試みたが身体は動かず、動いたとしても棺桶は地中だ。地上に出るのはほぼ不可能だと思った。


魂が囚われ、『人の精神』は私の中から跡形も無く消え去った。人の精神の残滓のこりかすと、獣物けだものの様な激情が混ざり合った時。


--私は『怪物』になった。


私は人間である事を棄て、魂を捕らえる『おり』を破壊する力を手に入れた。


地上に出た時、あの小さな町はなく、代わりに巨大な塔が建っていた。


私は思った。


『奴等がバベルの塔を建てたのに、何故神に仕えた私だけが現界に囚われるのか‥‥』


私はその時決めたんだ。

残った理性を振り絞って‥‥


『神がいるなら殺す。神がいないなら、私が神になろう。』


私は孤独だった。1人、現界に囚われ、何も感じず、延々と彷徨う。地獄の様な日々だった。

死に切れない身体、人ならざる魂、人智を超えた力‥‥。


だが、私にも良心は残っていた。

だからこそ、誰にも姿を明かす事は無かった。こんな化け物に構う人など居ないと思っていたからだ。


しかし私は天使に、娘に出会ったんだ。


ある日、高架下で雨宿りしていると捨て子を見つけたんだ。

私の醜い手を近付けると、その子は私の手を強く握るのが見て取れた‥‥それが彼女だ。可愛いだろう?


少女が照れ隠しからか、苛立ちながら男にキツく言い放った。


「早くして?もうすぐ警察が来る。」


男はヘラヘラしながら、生返事を返した。


「はいはい」



 私は彼女に全てを教えた。私の母国の言葉、私の知識、経験、『死』すらも、全てを教えた。


彼女はとても優秀な人間となり、早い段階で独り立ちできる様にまでなった。


だが、ある日。彼女にも『人ならざる力』が目覚めたんだ‥‥。


その時、少女が声を張り上げて言った。


「警察が来た! 早く逃げよう!」


男はまたも、ヘラヘラしながら生返事を返す。


「分かったよ、Daughter。」


「変な事言わないでAged!」


「んな! 酷い!」


2人が話を切り、患者を連れ出そうとすると、警察官数名が病室に入ってきた。


「?! 誰だ貴様ら! 動くな! こちとら度重なる犯罪、テロで発砲許可も得ているんだぞ?」


男がその言葉を聞き、低く、暗く、淀み、眩み、揺れる音で警察官の眼を射る。


--「人間。無知を知れ。」


男がそう言うと、一名の警官が怖れからか、怒った様に怒鳴り散らした。


「黙れ! 其奴そいつはどうせ死刑なんだ! なら、今撃っても変わらない!」


「おい! よせ、新人!」


『ドン!』と云う発砲音。だが、銃弾は何処にも飛んでいない。警官が狙いを外した訳でもなかった。


「?! 何が‥‥」


男が嘲笑するが如く、ゆらりとその警官に近付く。


「正義感が強いのは非常に良い‥‥だが、君の知らない世界があるんだ。」


男はそう云うと『ギロッ』と警官を睨みつけ、先導した。


--「『死の世界だ。』」


「ヒッ!‥‥お前は一体‥‥」


その瞬間、警官の身体が宙を舞い、勢いよく飛び、病室の扉を突き破り廊下まで抜け、『ドン!』と音を立てて廊下の壁に打ち付けられた。


警官の背からは血が滲み、身体はぐったりとして動かない。少女がそっと警官に近付き、首に手を当て脈を測った。


「生きているけど‥‥やりすぎだよ父さん。」


男はまたも緊張感の無い音で返答する。


「力加減が難しいんだよ。」


廊下側から大勢の足音が響いてきた。恐らく発砲音と怒号を聞き付け、駆けてきた警官達だろう。


患者と2人の身体が宙に浮き、少女が2人と手を繋ぎ壁を通り抜ける。


「この感覚は! うーん‥‥慣れないね!」


少女が冷淡な口調で遮る。


「黙って父さん。集中しないと。」


「そうだったね!」


『ズズ‥‥』と壁の中に消える3人。


「じゃあね諸君!また逢おう!カッカッ!」


男は去り際にそう言い残し、2人と共に病院から逃走した。


警官達が病室に着いた時には何も残っていなかった。


--『カラン』と音を立て銃弾が落ちた事以外は何も。

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