第5話 苦悩

 『史上最悪の放火・爆破事件』と報じられたソレは『犯人の逮捕』により解決された。


だが、その後も胸のあたりに何か様な、そんな『やり切れない気持ち』のままだった。


というのも、あの事件で見た、が原因だ。


あの日、あの細い腕を折った日。『最悪な未来』を防いだ日。


あのの顔、ずっと苦しい思いをして過ごしていたのだろう。泣いていたのだろう。


火傷痕の侵食の向こう側には無数の古傷や打撲痕、痣があり、目の周りは赤くなっていたんだ。


あの顔が忘れられない。

きっと帽子で隠していたのだろう、無理に笑って、気丈きじょうに振る舞い、ただただ救いを求めた。だが、"やり方"が分からず、あの事件に至った。無論、それは間違っている行動だ。しかしそれでも僕は、僕自身に問わずにはいられなかった。


--僕は‥‥果たして正しかったのかな?


これから先もきっと、常に自分に問い続けるだろう。この異能が有りながら『また救えなかった』


それは毎分、毎秒。

僕に冷たく、重く、かる。辛い、苦しい、逃げ出したい。


だが、過去の自分がれを許さない。

‥‥異能が其れを許さない。


そして残されたこの『感覚』と『傷痕』は、『次こそは絶対に救う』という僕へのいましめとなった。



 僕がその憂鬱を再確認しながら病室に居ると、伊照さんがお見舞いに来てくれた。


「よぉ、名探偵。火傷の方はどうだ?」


「痛みは引いてきましたが、感覚はまだ無いです。」


「そうか‥‥医者は何て?」


「今週末には退院出来るらしいです。意外にも軽度だったようです。」


「そうか、良かった‥‥」


言葉に詰まる‥‥。

彼は僕が無事だと知ると、安堵する程優しい人間だ。そんな彼に、僕は汚れ仕事をやらせてしまった。彼は僕とは違い、明るく、優しく、前向きな人だ。そんな彼に、緊急時とはいえ人の腕を折らせたんだ。


僕は許されない。


汚れ役は僕が引き受けるべきだったのだ。腹の中によどみが溜まるのが分かる。僕はすっかり『自分嫌い』になってしまった。


「ああ、そうだ。フルーツを持って来たんだ。好みとかアレルギーとか、聞いた事無かったから適当に選んだぞ。」


「アレルギーは特に‥‥有難う御座います。伊照さん。」


「なぁ、名探偵。『伊照』って呼び捨てにしないのか?」


と、伊照さんがおちゃらけてみせた。元気を出そうとしてくれたのだろう。だが僕はあまり乗り気にはなれなかった。それ程、気が滅入ってしまっていたのだ。


「あの時は、その‥‥すみません。必死だったもので、自分が何を言って、何をしたのかも、あまり覚えていないのです。」


「‥‥異能の所為せいかもな。」


「えっ?」


それは意外な答えだった。


『伊照さんから、そんな答えが』とうのもあるが、それ以上に『そんな考えは無かったから』だ。


僕は少しどもりながら質問した。


「な、何でそんな風に思ったんです?」


「『俺も』だからだよ。」


「えっ?」


「俺も異能を使っている時は『万能感』に満たされて、まるで自分が神になったかの様な感覚におちいるんだ。」


「それは違うんじゃ‥‥」


「俺も最初はそう思ったさ。『自分がそういう奴』だと思った。が、この前の事件で『そうではない』と思ったんだ。と云うのも、あの『死体に埋め尽くされた地面』を見て、『焦げた世界』を見て、『俺はああはならない』と思ったんだ。そして、それに強烈な違和感を覚えた。そう、普段ならあわれむ場面で俺は、俺は‥‥!!」


伊照さんの瞳から涙が一筋『ツー』っと流れる。


「俺は‥‥何に見える? なぁ、教えてくれよ‥‥名探偵。」


声は震え、手も震え、瞳から涙が次々と病室の床へこぼれ落ちる。僕はそれを唯眺めながら、贖罪の念に苛まれていた。


「すみません。すみません‥‥。」


僕は唯々、謝るしか出来なかった。



 異能の使用限界があるので、伊照さんは早々に事務所いえに帰った。


厳密に言うと『大家さんチ』に。僕が入院している間は、彼の面倒を見る人が必要になるからだ。


幸い、大家さんは優しい方でお年を召した方ではあるが、元気だし『痴呆症ちほうしょう』にもなっていない。安心して任せていいだろう。


彼が帰った後は特にやる事が無かった。手も火傷しているので、本を読むのも億劫おっくうになっていた。ご飯や見舞い品のフルーツも、飲み物すらも喉を通らない。


勿論、器官は火傷していないし、体調は良くなってきている方だ。これは、僕の問題だ。


「‥‥テレビでも見るか。」


『ピッ』と音を立ててテレビがくと、そこには『あの事件』を取り上げているニュース番組がやっていた。


正直僕はもう事件の事を知りたくなかった。考えたくもなかった。しかし、チャンネルを幾ら変えても同じ、その事件を特集していた。僕は諦める様にして、そのニュースを眺めていた。


『犯人は‥‥警察病院で現在治療を受けおり‥‥回復し次第、取り調べをされ、逮捕される見通しです。』


アレから何度も『悪夢みらい』を視る。

何百、何千とある『最悪な未来』を。


『あの事件で、短時間の間に続けて使ったのが原因か?』


そんな風に思っていると、点けていたニュースに速報が飛び込んできた。


『えー、速報です。犯人が病院から逃走しました。現在、機動捜査隊が総出で捜索しています。家に居る方は戸締りをして‥‥』


僕には信じられなかった。

彼女は『あの事件』で腕を折られ、真面まともに異能を使えないはずだし、警察も抜け出せない様に見張っていたはずだ。例え『あの涙』が嘘だとしても、異能無しで、1で抜け出すのは、ほぼ不可能だろう。


『ならば、一体どうやって?』


彼女に協力者が居る様には思えない。

それは『主観的に』ではなく、あの時視えた

悪夢みらい』では確かに、法廷で判決を受けた彼女が、処刑部屋に先導されていた。


つまり『誰も彼女を助けなかった』のだ。

それに協力者が居たのなら、あの事件の時にだ。警察が見張っている病院よりも、満身創痍まんしんそういの一般人2人が、相手だった方がやりやすいだろう。仮に、異能力者だと知られていても、伊照さんの活動限界は近く、僕は火傷を負っていた。彼女を連れ去るのは容易だった筈だ。しかし、それが今になって起きた。


「可能性としては‥‥『スカウト』か。」



 僕は、そのの事を、伊照だてさんと会った日からずっと頭のすみで考えていた。


『僕が、他の異能力者に会うのがだけで、他の人は


という予想を立てていたのだ。

そして、その予想は恐らく『的中した』と云うのも、異能力者が集まる事で得られる""が多いからだ。


異能は、プラスにとらえると『人間の新たな可能性』とも捉えられる。そして、その『可能性いのう』は恐らく『唯一無二の存在もの』だ。


だから異能力者において、『数=影響力』と云っても過言ではない。そして、一般人より、その『影響力』は強く、計り知れないモノとなるだろう。


--だからこそ、危険だ。

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