第4話 真実

 だが、やはり"元凶"は見つからない。

『何か‥‥服装以外の何か手掛かりが必要だ!』


その時、火元ひもとである二階建てアパートの方から『ドン!』という音を立てて爆炎が上がった。


周囲からは人々の悲鳴が聞こえ、目の前が真っ白なり、呪いの言葉が脳裏で木魂こだました。


--『また、遅かった。』


ハッとして咄嗟に、爆炎が上がった方へ駆け走りながら、伊照に連絡をとった。


「あの爆炎が見えましたか?」


「ああ、今向かってる! 見えたんだな? 最悪な未来が!」


「だが間に合わなかった! 彼処あそこには、沢山の見物人が居たんだ! 未来が見えても"真実が見えなきゃ意味が無い!」


「落ち着け、犯人を見つけるんだろう? 俺の異能も、あと45分程度しかたない!」


タイムリミットは刻一刻と迫っている。

火の海に沈む街など、御免だ。


「‥‥分かりました。犯人が犯罪組織や頭脳明晰な単独犯だった場合、僕達に打つ手はほぼ有りません。犯人が既に逃走済みな可能性があるからです。」


「じゃあ、諦めるのかよ!」


「最後まで聞いて下さい! "異能力者"が犯人なら話は別です。異能には『発動条件』がある。そして、それは恐らく『近距離限定』です。つまり、『異能力者が犯人だった場合』高確率で犯人は現場に居る筈!」


「『異能事件を立証するのは、』なんだっけか? なら俺達は、『異能事件担当の探偵』だ!」


「恐らく、貴方の方が早く着きます。犯人を見つけたら『異能力者』だと思って下さい! 発動条件は近距離なはずです。貴方の異能を使って物を投げ、出来るだけ足止めして下さい!」


「分かった! 先で待ってるぞ!」


『プツッ』と電話が切れる。運動不足の僕もそろそろ息が切れてきた‥‥


だが、犯人を逃す訳にはいかない。

犯人をゆるす訳にはいかない。


やついたんだ。

人が死んでいるのにも関わらず。

大勢の人が、火の中で、瓦礫の下で、愛しい人の横で死んでいるのにも関わらず。


お前は何故、笑える?

何故、のうのうと生きている?


"俺等おれら"は一生許さない。



 現場に着くと、が鼻を刺した。地面には焼け焦げ、バラバラになった人々。さっきまで、僕達が居た場所で、さっきまで、僕達と同じ空気を吸い、生きていた人々。


今では、誰が誰だか分からないぐらい無惨むざんな姿になっていた。


その耐え難い現実を直視した僕は、吐き気を抑えながらも憎悪を募らせる。


「クソ! 一体、何処に行ったんだ!!」


その時『ガン!』という音が聞こえた。そこを、見ると伊照さんが屋根の上から、物を投げているのが分かった。


「出てこい殺人犯! そしたら、ぶっ飛ばしてやる!」


「ヒヒっ、女の子を殴るなんて‥‥酷いよ?」


「うるせぇ! 俺は男女平等主義者なんだよ!」


薄気味悪い引き笑い‥‥彼女やつだ。


僕はメールで、伊照さんに注意を引き付ける様に連絡。奴の背後に忍びより、仕事で何かあった時の為に持ち歩いていた、スタンガンで気絶させ様とした瞬間、奴が伊照さんに向かって何かを投げた。


「石?」


それが、途端に燃え上がり、伊照さんがひるんだ。


「うっ! あっつ!」


疑いが確信に変わった‥‥『異能』だ。

この異能を使い、周辺の車を一気に燃やし、爆破させ、見物人を殺したのだろう。


「ヒヒ! 驚いたぁ? 私の触れた物を好きなタイミングで燃やせるの。すごい?」


ヤツは不気味な笑みを浮かべながら、周囲の物を無差別な炎に変えていく。それと同時に、火傷痕が生き物の様に拡がるのが見てとれた。あれが、ヤツのデメリットだと気付いたのはもっと後になってからだ。この時は唯々、憎かった。


「何笑ってんだ。」


ヤツがゆったりと此方を振り向く。


「うん?後ろに居たのぉ?私は『人も燃やせる』よ?近付いたら燃えちゃうよ??」


「燃やしてみろよ。には"視えて"んだ。」


ヤツは口をグッと引き、笑みの様な表情を作りながら俺を煽ってきた。


「何が見えているの?幻覚?あの世?貴方の死に様?」


--「『それら全部』だよ。」


そう、『視えるのは一つじゃない』最悪な未来は可能性の一つ。未来が現実になるか、阻止されるまで、俺には……


--『全ての最悪な未来が視える』


俺が死ぬ未来までも。



 奴が俺に触れ、俺が死んだ未来は数十回。

『触れるだけで燃やせる能力』はかなり厄介だ。そして、この距離……危険だ。触れられたなら直ぐに燃やされ、死ぬ。


俺は一旦距離を置く‥‥っと奴が走り込んできた。奴の動きは『視ている』が、『最悪な未来』を視ている俺は避け切った俺を視れない。


つまり、コレは『賭け』だ。

打つ手が無くなった時は『死』を意味する。


『顔の右、次は左、腹、足‥‥』


"視ている"とはいえ奴の手が俺の身体をかすめる。その『死』の恐怖は計り知れないものだった。


「威勢が良いだけかと思ってたけど、兄さん良い動きするねぇ?」


「っ‼︎ 伊照さん‼︎」


「名探偵、待ってろ!」


伊照さんが屋根伝やねづたいに来る。

ヤツはそれに気付き、殺意を重ねてきた。


「果たして間に合うかなぁ?」


奴がをすくい、俺に撒く‥‥


「ヤバい!」


撒かれた灰が『ボン!』と音を立てて、炎へと姿を変える。


「『粉塵爆発』かッ!」


咄嗟とっさに腕で防ごうとするも、その炎は俺の服に燃え移る。


「あぁ! くそ!」


だが、服を脱ぐ時間も火を消す時間も無い。奴は止まらない。続けて灰を撒く。


『ボン! ボン!』


俺は直ぐさまかどに隠れ、さっき燃え移った火を消そうとする。


「まだだよぉ??」


「チッ!」


やはり待ってはくれない様だ。

またもや、奴の手が俺の身体をかすめていく。


『左、腹、足‥‥また!』


『ボン!』


「くっ!」


間一髪のところで避けれた‥‥が、その熱気はすさまじく、燃え移った炎もあいまって、"打つ手"も"体力"もどんどん無くなる。


確実なる"死"が近付くのが分かる。


もう熱さと痛さしか感じない。目の前の光景がゆがんで見える。恐怖で体が震え、

足がすくみ、汗と血が混じる。苦しい、怖い、辛い、逃げたい。だがそれ以上に‥‥


--『あの光景は視たくない。』


「はやくっ!伊照っ!」


「あいよ!!」


伊照さんが屋根のかわらを投げる。


だが、奴がそれに気付き、投げられた瓦を手で受け止める様にして、一瞬で炎に変え、防御した。


弾ける火。


だが、それによって気がれた。『今しかない!』俺はスタンガンを奴の腕に当て、スイッチを押す。


「ぎっ!‥‥まだ、私はっ!!」


すかさず、奴の首にスタンガンを当て、またスイッチを押す。


「あががぁ‥‥」


奴が倒れ込んだ。気絶はしてないが動きは止まった。奴のてのひらに触れない様に、俺は奴の上にまたがり腕を抑える。伊照さんが屋根から降りてコッチに来て、俺に燃え移った火を消した。


「それより伊照! 腕を折れ!」


「何?」


「はやくっ!!」


「うぅ‥‥わかったよ!!」


渋い顔をしながら伊照さんは汚れ役を引き受けてくれた。そして、奴の腕をつたって、骨が折れるのが分かった。


それは痛々しい程ににぶく、おもく‥‥

それが正しいのか、俺にはわからなかった。


これが正解だったのか、今でも分からなかった。


「‥‥これで、能力は使えないと思います。」


「‥‥ああ。」


また、サイレンが聞こえてきた。


すると、彼女がに言った。


「この火傷はねぇ‥‥父ちゃんに付けられたの。熱湯おゆやタバコで。」


「? 貴方、何を言って‥‥」


「ここはねぇ、なの。私が今迄いままで生きてきた家。大嫌いなトーチャンが居た家。誰も救ってくれなかった家。私が異能に目覚めた家。私が燃やした家。」


そう言いながら彼女が泣いている。

それはさっき見た‥‥"夢"で視た『あの笑い』をした奴とは違う顔だった。


--の顔だった。


「父ちゃんは何も買ってくれなかったの‥‥父ちゃんは私に酷いことをしたの‥‥だから燃やして‥‥お金をって、服を買ったの。遠くに行った、お母ちゃんみたいな服。」


先程の凶悪犯罪者とはうって変わって、子供の様な仕草、話し方、行動。それが嘘では無い事が、僕には感じ取れた。


「まさか、君‥‥家の中で‥‥?」


痛々しい程に、火傷痕が這いずり回った彼女の右目から、『人間』の涙がほろほろと流れ落ちる。


「私‥‥どうしたら、シアワセになれたの?」



 その時、には視えた。

彼女‥‥いや、が法廷に居る姿が。

刑務所に居る姿が、そして刑務官に呼ばれ‥‥それで‥‥‥。


--それが正しいのか、には判らなかった。

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