第一章

呪われた命

第3話 発火剤

 『伊照だて 柳樹りゅうき』と名乗るその男は、事故により頸髄けいずいを損傷。そして、それにより"超身体強化"の異能力者となった。


そんな彼と出会ってから、早くも2ヶ月が経過しようとしていた。


「ちょっ、こぼれ落ちたぞ! しっかり口へ運んでくれよ名探偵!」


「すまない‥‥僕にも苦手分野というモノが有ってですね。」


「……病院に居た方が良かったかもな。」


そんな皮肉がすっかり口癖になってしまった彼の口に、僕は朝食をスプーンですくい、運んでいた。


まだ、彼の介護には慣れない。

僕は、この"異能びょうき"の所為せいもあり、生まれてかた、"誰かの面倒を見る"と云うのを避けていたからだ。


そして、彼は病院から出てから直ぐに、その"異能"を日常生活で活かせるように『力の制御』及び『使用可能時間の延長』を日々練習している。


現在では『力の制御』は上手くいったが、『使用可能時間の延長』は叶わず、やはり1、2時間が限界だった。


そして、『力の制御』のデメリットとして、その日の使用時間の限界に達すると身体を痛めてしまう次第だ。


これは"慣れ"の問題かもしれないが、なんせ、である『異能』なのだから。何が起きてもおかしくない。僕達は段階的に"異能"の特性について調べていった。


僕達と云うのは『伊照 柳樹』が僕に全面的に協力してくれているからだ。僕がノートについて教えた時、彼は強く興味を引かれ、熱狂的に異能に調べる様になったのだ。


だが、謎は深まるばかりで未だに目新しい情報は無い。



 彼が遅めの朝食を済ませ、僕が皿を片付けていると、車椅子に座っている彼が話してきた。


「前から気になっていたんだが、他の異能力者に会ったらどうするんだ?」


その質問はある程度予測出来ていた。そして、その答えも自ずと決まっていた。


「どうもしませんよ。『異能を持っている』と云っても、僕達は『人間』なのです。集まって何かをするという訳でもないし、異能をするつもりも無いですから。」


彼は顎髭を少し弄り、納得した様な素振りを見せた後、続けて僕に問いかけた。


「じゃあ、何で俺とはタッグを組んだんだ?」


大した意味は無かった。唯、希少価値が有り、ある程度信用し易い人だと判断出来たからだ。本質が分かり易い人なら、嘘を見抜くのも容易くなる。


「貴方は"信頼できる人"だと思ったし、何より独り身でした。『君の生活を助ける』という"善意"と『初めて会った他の異能力者』という"好奇心"が有ったからです。」


そうは云っても、しかし同時に不安もあった。仮に、だが彼の異能に時間制限など無く。ただ"フリ"をし、僕を利用している可能性もある。その場合、動機は不確かになるが‥‥可能性はゼロじゃない。そこまでの策士ならお手上げだ。


勿論、『出会いの悪さ』も理由の一つだったが。


僕は続けて、冷然な口調で話しを続けた。まだ少し、不安が残っていたからだ。無論それは、僕の悪癖の一つだとは思う。しかし、異能を持つ身として人間不信に成るのは、必然的だと考えても居た。


勿論もちろん、異能を完全に使いこなせる様になり、この事務所いえを出て行きたくなれば出て行って貰っても構いませんよ。」


彼は少し屈託顔をしてから、また気丈に話を続けた。


「‥‥まぁ、しばらくはお世話になるかな! 『探偵』が仕事だなんて、カッコイイじゃないか!」


僕は彼の、その気丈に振る舞う様に少し胸を痛めていた。僕も人間だ。良心くらい人並みに存在した。申し訳なかったが、しかし直ぐ様謝罪を出来る程、僕は出来た人間ではなかった。


「‥‥。」


 そんな会話をしているとサイレンが聞こえてきた。これは消防車のサイレンだ。続けて救急車も...火元ひもとは、割と近いらしい。窓から黒煙こくえんが上がっているのが分かった。


「おい! 秋季しゅうき! 見てみろよ! 大騒ぎだぞ!」


「‥‥あまり騒がないで下さい。ここは二階ですよ?一階の大家さんに響きます。ただでさえ大家さんは、80過ぎの御老体ごろうたいなんですから。」


「先行ってるぞ!」


彼はまた、人の話を聞かずに異能を使い、自分が座っていた車椅子を持ちながら、階段をドタドタと駆け下りて行ってしまった。


「んなっ! 全く、人の話を聞かない人だ。」


と、あきれつつも僕は彼の後に付いて行った。ここ最近、平生へいぜい変わりなく、飽々していたからだ。彼と居れば変わるとも考えたが、それは妄想に過ぎなかった。




 下に着くと車椅子に座った彼が『さあ!押してくれ!』と、言わんばかりに僕を待ちぼうけていた。その図太さは何処から来るのか‥‥


僕が彼の乗った車椅子を押しながら歩くこと約10分。現場に到着した。


現場には、燃え盛る二階建ての木造アパート、それを必死に消火する消防士達、それを眺める大勢の見物人と、道端に止められている救急車や消防車。


救急車には救助されたであろう人と救命隊員が見え、とても物々ものものしい雰囲気だった。興味本位で来たが、あまり良いものじゃなかった。


「凄い熱気ですね‥‥危険なのでもう帰りませんか?」


「何言ってんだ名探偵!アレが見えねぇのか?」


と、彼が見ている先からパトカーが来た。


「パトカー?‥‥なるほど。」


「わかったか?パトカーが来たとう事は勿論、『誰かが通報した』と云う事!」


「つまり、その『誰か』がを見たか、しくは火元ひともあきらかに怪しかったか、と云いたいのですね?」


「そう云う事よ!俺ってば天才か⁈」


「でも、くまで"可能性"の話ですよね?まだ、誤って通報した可能性もありますし、ただ単に取り敢えず通報した可能性も、通報した方の、だと云う可能性もあります。そして仮に事件ならば、これは警察の担当です。"私立"探偵が手を出していい事件じゃない。」


と、言って彼と共に事務所に帰ろうとした瞬間、目の前が真っ暗になる。


「⁈」


夕暮れ時、目の前が炎に包まれいる。

‥‥いや、

ここら一帯が火の海になっていた。


--『悪夢よちむ』だ。


それは『あの日』の夢と酷似こくじしていた。血と肉が焼ける匂いと、舞う灰。立ち込める黒煙と、真っ赤な景色。


--『死の世界だ。』


人気ひとけが無く、物が燃え、建物が崩れる音以外聞こえない‥‥見た目に反してとても静かな、『僕だけが世界に取り残された』と、錯覚さっかくする程静かな"世界"。


「最近はなかったのに‥‥"最悪"だ。」


‥‥いや、前向きに考えよう。

彼のおかげで、この未曾有みぞうの"悲劇"をのだから。防げるかは、まだ判らないが調べる必要は十分にあるだろう。


僕は、この最悪な未来の"元凶げんきょう"を知るべく、を進めた。


この世界は‥‥だが、『僕の脳内で一瞬のうちに視ている夢の様なモノ』だろう。


そして、この"夢"は必ず僕に最悪な未来の『元凶』を視せるのだ。何の意図があるのかは僕にはさっぱり分からない。正に『神のみぞ知る』だ。


しかもどうやら、この世界では僕は幽霊の様で、『全てに干渉かんしょうしない。』

だから、勿論もちろん死ぬ事も無い。

』だが。


更に、この"夢"からめても現実時間ではの出来事で、支障はほぼ無い。勿論、僕には大アリだけれど『夢を識る者』は僕以外には居ないのだ。


世界が何億回終わろうと、人々はその前触れにすら気が付かないのだ‥‥。


--『僕以外、世界の終わりを識る事はない。』


そう思索していると、崩壊した商店街に人影ひとかげを見つけた。


『‥‥アレが"元凶"か??』


そう疑問に思いつつも人影に近寄る。

真っ赤なドレスに、女優が被るような大きな帽子。そして、日焼け対策に着用される『アームカバー』と呼ばれる物を、身に付けた背の高い女性。


は若い印象だが、かみの毛は白く。

アームカバーとドレスの間と、指先からはあざ‥‥いや、『激しい火傷のあと』が見えた。


そして、この火の海の中、ただ一人。

帽子の下から、『ニタニタ』と不気味な笑みを浮かべていた。


その"笑み"を見た瞬間。

あの記憶がフラッシュバックした。


『あの日』の記憶。犯人の笑い声、笑った顔‥‥"似ていたんだ"。『ヤツ』に。


虫唾むしずが走る‥‥」


怒りと憎しみを込めながらそう言った瞬間、彼女そいつがコッチを振り向いて……



--目の前が真っ暗になった。



 「‥‥探偵?どうした? ぼーっとして。」


僕は彼‥‥伊照だてさんの呼びかけで気が付いた。


「急がなくては! 伊照さん、能力はあとどれぐらい使える?」


「えーっと。朝起きた時と歯磨き、トイレ、着替えに、さっき使ったから‥‥」


「約1時間半ですね! 路地裏に行って、建物の上から人を探して下さい! 赤いドレスに白い大きな帽子、長めのアームカバーをしていて若年、白髪はくはつの背の高い女性。タイムリミットは、太陽の傾きから見るに日没まで!!」


「! わ、わかった! 取り敢えず見つけたら戻ってくる! ‥‥アームカバー??」


「〜! 説明する暇はありません! 戻らずに捕まえ‥‥いや、連絡して下さい! これを!」


そう言って僕の仕事用の電話を貸した。


「僕の電話番号がそのケータイに入っています。見つけたら連絡を! 捕まえようとは考えないで下さい、彼女あいつは何か‥‥"異質"だ!」


そう、今は大体午前10時くらいだ。

今から夕暮れ時‥‥午後6時くらいまでに、


『ここら一帯が火の海と化す』


そんな事を出来るのは大きな犯罪組織、しくは頭脳明晰な単独犯だ。

だが、それよりも恐ろしいのが‥‥


『異能を使った犯罪』


異能を使った犯罪は可能性として起こり得る。伊照さんの時も軽犯罪だが起こった。


あの時は依頼主が犯罪を目撃し、尚且なおかつ、和解出来たから良かったものの、場合によっては『証拠が無い凶悪犯罪』になっていたかもしれない。


人間が犯罪を犯す可能性は常にある。

そして、異能を使うのは人間だ。

可能性として考慮していたが、"ここまで"とは……


「僕は地上から、怪しい所を探してみます!」


先ずは、あの商店街だ。

商店街は火元からも近く、商店街に居た人々は皆、火事現場に行っているのか人が少なかった。だが、元凶は見つからない。


何処どこだ? どこに居たんだ!」


は商店街の通りを走った。


『もう、あの日の様な悲劇は起こしてはならない!』


という使命感に駆られながら‥‥

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