第2話 あの日。
--あの日だ。
あの日、あの時。
僕は初めてこの"異能"の存在意義を感じ、また向き合う様になった。
それは、"ハッピーエンドを迎えるため"だとまでは言わない。
俺が視る『最悪の未来』を防ぐ事が出来れば、僕はそれで充分なのだ。
あの事件から8年が経った今でも、その志は心の奥に深く刻み込まれている。
といっても今は故郷を離れて都会の方に出てきているのだが、未だ、あの時の様な悲惨な事件は起きていない。
だが、それとは相反して僕の"異能"は頻度を増してきていた。
そして、僕はあの事件を
この異能は僕だけのモノか、
それらを
だが、まだ殆どの事が未知で、白紙のままだ。その代わりと云っては何だが、自分の予知夢について
--予知に規則性を見い出す為だ。有れば、だが。
上手くいけば『実現し得る最悪の未来』のみを抽選し、意図的に視れる様になるかもしれない。そうすればバッドエンドを、未然に防ぐ事が可能と云っても過言ではないだろう?
僕はそんな事を夢見ながら、事務所のデスクで一人。何時もの様に客を待ち続けていた。その時突然、若めに見える女性が勢いよく、慌ただしく事務所に飛び込んで来たのだ。
「ど、どうなさったんです?」
「さっ‥さっき‥‥男が!!」
服装は整っている。殺人や強姦等の凶悪犯罪では無いだろう。"探偵事務所に来るぐらい"なのだから当然か。
「と、取り敢えず落ち着きましょう。先ずは冷たいお茶でも飲んで、ほら。」
冷蔵庫で冷やしていたお茶を客用のコップへ注ぎ入れ、そっと女性の前に差し出した。
すると女性はゴキュゴキュっと喉を鳴らしながら一気にお茶を飲み干した。
相当喉が渇いていたのか、
女性は茶を飲んで息を整えると、間を空けずに事の経緯を話し始めた。相当、切迫している様だ。
始まりは今日の夕方5時すぎ。彼女の家、5階建てマンションの4階だ。そこに帰宅し、外へ干していた洗濯物を取り込もうとして、ベランダへの窓を開けた。すると、
一瞬、目の前の有り得ない状況に呆気にとられていた彼女は、直ぐにハッとし慌てて警察へ通報しようとした。すると男はベランダから身体一つで、向こうの一軒家の屋根までジャンプしていったのだそうだ。
無論、警察は経緯を話しても信じてくれなかった。
「
というと、『それならば!』と云う顔付きで僕の腕を引っ張り、彼女の家へと案内された。僕は本来なら払い除けた方が良かったのだろう。しかし、最近客足が乏しく。暇を持て余していた僕は、興味本位で付いて行ってしまったのだ。
彼女の家に着き、家中を通り、ベランダを見せてもらう。すると
悪戯だとしたら相当手が込んでいるし、彼女の話し方や挙動から嘘だとは思えない。
もう少し、客観的に見た方が良いのだろうが、何せ僕はその手のプロじゃない。素人だ。しかし、それでもある程度までなら手を貸せた。
「仮に、犯人が居たのなら『超人的な力を持つ患者衣を着た変態』ってところか。」
普通なら精神病院をあたるべきだが、"超人的な力を持つ"からこそ、"常識人"で無ければおかしいのだ。
"常識人"で無ければ、今頃ニュースで大騒ぎになっているだろう。それこそ、どのチャンネルでも取り上げられている様な大騒動に。
だが、今現在それはない。
それに精神病患者なら逃げるだろうか?
僕は無差別に襲うと思う。そして超人的な力があるのなら、逃げずに彼女を襲う事も容易い。
最後に、『足跡はくっきり残っている』。
何故、靴の跡ではないのか? 患者衣で裸足。つまり犯人は"病人"だと思われた。超人的な力を持つ変態病人。ならば、スリッパは跳躍中に取れたか。こんな時にドローンでも有れば、有意に事を進められるのだが……まぁ、いい。潜伏先は大体限られる。
手始めに一番近い病院だ。そこなら『アレ』も使えるし、恐らく病院関係者から情報も手に入れられるだろう。
僕は足の型を写真に撮り、寸法を測った。また、取られた下着の種類と色。奴の特徴を覚えている限り聞き出した。これで、万が一の事があっても警察に貢献出来ると考えたからだ。
そうはならないと思いたいが。
僕は付近に気を配りながらも、近くの病院に足を運んだ。途中、花屋にも寄った。『アレ』を利用する為だった。
「祖母の‥‥佐藤カズヨのお見舞いに来ました。」
「お名前を。」
「
「‥‥お待たせしました。これが入館証です」
以前、仕事の報酬として家族が入院している人の名前を貸して貰う事にしたのだ。他にも何人かの名前を貸して貰っている。皆、人には言えない様な秘密を、僕に知られているから引き受けてくれた。
お陰様で様々な仕事に役立っている。
まぁ、繁盛はしてはいないが。
屋上へ行くと2、3人の患者、2組には家族と看護師が付いていたが、1人だけ車椅子の男性が遠くを眺めていた。
僕はふと、違和感を覚える。だがその後、違和感の正体に気付き1人の患者に近付きこう言い放った。
「なるほど、貴方が下着泥棒ですね?」
「ん?お前は誰だ? 俺に向かって下着泥棒とは‥‥俺は脊髄を損傷して、首から下が動かないんだぞ? 何の根拠があって下着泥棒だと?」
「質問を質問で返す様にはしたくないのですが、貴方は"どうやって"屋上に来た?」
そう。彼は首から下が動かない。ならばどうやって屋上に来たんだ?
...まぁ、『看護師に連れてきてもらった。時間を決めて、迎えに来てもらう事になっている。』と言えば一時的に言い逃れは出来るが。
『脊髄を損傷したなら"麻痺が残っている
だが、言い逃れは出来るし、ある意味これは"カマ"をかけているのだから、それはそれで有効だった。
彼は少し考えた仕草をして...
「うーん、なるほど。参った。降参だ! 下着は返す。俺の尻の下だ……変な気は起こすなよ?」
「ああ、もちろん。」
あっさり諦めた。恐らく、僕の口振り‥‥まぁ、ほぼ適当に言い放っただけだが。それに敵わないと思ったのか、もしくは僕と同じ様な思考回路の持ち主なのかもしれない。
依頼主には、この事を説明する義務があるが、警察は信じないだろうし、仕方ない。警察には言わないでおこう。
にしても、この"麻痺した身体"をどうやって‥‥しかも、あの筋力。
可能性については一つ、心当たりがあった。
「異能‥‥?」
そう、僕が
「お前も異能使いか?!」
彼はまるで健常者の様にすくっと立ち上がり、僕の肩を持ちながら大声で言った。
「イタタ‥‥何ですか、異能使いって! しかも、貴方立って……」
彼は僕の返答を待たずに、正にマシンガントークをかましてきた。同じ思考回路なんて物じゃない。同じ人間かすらも怪しい。
「俺の異能は『超身体強化』! ハ◯クみたいにゴリゴリにはならないが、この身体を自由に動かせるし、まるで漫画の主人公の様に速く! 強く! なれるんだ!!」
そう言いながらポージングをする男性。
一体なんなのだ、この人は‥‥
「はぁ‥‥」
僕は、彼が熱く語っているのを
「超身体強化。超人的な力を手に入れ、脊髄損傷の麻痺すら治る(超回復?)。」
そんな事をノートに綴っていると。
突如、彼が突拍子もない事を言った。
「俺達、タッグを組まないか⁈」
「へぇっ?」
あまりにも予想外の展開だった。ある意味、最悪な未来とも言えるだろう。下着泥棒とタッグ……何言ってるんだ、この人。
「タッグだよ!タッグ!!身体強化マンが2人居れば最強だって!ヒーローになれる!まぁ、俺は時間が限定されているけど。」
「一体、何故僕が‥‥ん?時間が限定?」
「えっ?お前は限定されていないのか?俺はまだ1、2時間が限界なのに‥‥」
「と、言いますと?」
僕は彼に詳しく話しを聞いた。彼の個人情報や異能の事を、満遍なく、根掘り葉掘り訊いた。
彼の名は
僕より一つだけ年上の26歳だ。彼が異能に目覚めたのは、この"脊髄を損傷した原因"である、交通事故を起こした日から、だそうだ。
医師から麻痺の通告を受けた時に絶望しつつも、動かす事を渇望した。医者からは無理だと言われたのにも関わらずだ。そして動かせた。最初は感極まり、その医者にも見せびらかした。しかし、検査してもやはり『治っていない』ままで、気味悪がった医者達は彼をこの病院へ飛ばしたのだそう。
可哀想な話だ。彼もまた異能の犠牲者だ。
だが『生まれつきの異能』では無い辺り、彼は僕とは違い、恐らく‥‥
『"
まぁ、彼とタッグを組んでも良さそうだ。同情というのもあるが、何より異能についてのヒントにもなる。仮に、好戦的な異能力者が来た時にも、心強い味方となるし仕事の手伝いもして貰えるだろう。丁度、助手も欲しかったのだ。
恐らく、彼が下着を盗んだのは誰かに見つけてもらいたかったのだろう。いや、そう考えておこう。その方が良い。
まぁ、彼に会うまでの人生で一度も異能力者に会っていないのを考慮すると、そう出会えるモノでは無いのだろうから、今この機会を逃すと、次はいつになるか‥‥殺人マシーンの様な奴じゃないだけマシだろう。
それに、彼は単身孤独で1人では生活出来ないから、ずっと病院に居たのだそうだ。可哀想な話だが、彼は
彼は『下着泥棒はちょっとした遊びだった。』と言った。まぁ、顔がニヤついているから
そんな話を聞いていると彼が突然、僕に問いかけてきた。
「で、その言い草からすると、お前は違う異能なのだろう?"推理する異能"か?」
それが有ったら警察になっている。しかも、異能の事を教えて大丈夫だろうか? 同じ異能力者でも、泥棒をする犯罪者だぞ? しかし、黙っていても仕方がないのかもしれない。異能持ちと云う事はバレているのだから、早めに白状する事にしよう。
「いいえ、"最悪の未来を視る"異能ですよ。」
「最悪の未来? なんか‥‥変な異能だな?」
「貴方に『変だ。』なんて言われたくありませんよ。それに、推理する必要は無かったのですよ。貴方だけ素足ですし。ベランダと同じ色の小さな石が指の間に挟まっています。スリッパも履いていない。あまりも怪しすぎた。無論、"異能を立証する事は出来ない"ので、回避される可能性は充分にありましたがね。」
「……こりゃあ、敵わねぇな」
と、彼は
こうして、最初の奇怪な事件は幕を閉じ。
僕に初めての奇妙な"異能仲間"が出来た。
心強い味方だ。この
だが同時に、不安感も残った。
抱える問題が一つ増えたのだから。
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